第44話 最強

「……痛いわね」


闘技場の端まで吹き飛ばされたシズルは、お腹をさすりながら起き上がる。


「おお、やっぱり頑丈だな。その程度で済むか」


(これは、が楽しみだな)


余裕そうなダイコクを見て、シズルは苦虫を噛み潰したような顔をする。


(……確かに私はならまだまだ動ける。でも、これを喰らい続けたら、いつかは倒れてしまう。だというのに)


(ダイコク。彼が倒れる姿が想像出来ない。なんなのこいつの硬さは……! 外だけでなく 何度も攻撃が当たったのに、なんならあれは全力の一撃だったのに、損傷がまるでない!)


 ダイコクの体は最初に会った時と全く変わっていない。シズルの攻撃を喰らった箇所もかすり傷の一つもなく。疲労が蓄積された様子もない。

 シズルは折れた釘を投げ捨てて、新しい大釘を手から抜き取った。

 その時にシズルは抜き取った釘に違和感を覚える。


「準備万端だな。さて……」


 しかし、考える時間は与えられず。

 ダイコクは姿勢を低くし、両足に力を込める。


「それじゃ、続きだ」


(来る……!)


 ダイコクはシズルに向かって驀進バクシンする。

 シズルもダイコクに突進する。


「フンッ!」


「ウラァ!」


 そして、闘技場の中心でダイコクの拳とシズルの大釘が激突する。


(!? 私の釘が!? !?)


 シズルは己から抜き取った釘の強度に驚いていた。

 先程折られた大釘と込めた魔力量は変わらない筈だが、ダイコクの拳に耐えている辺り、確かに耐久力は跳ね上がっていた。


「ほお、これほどとはな」


「貴方の魔法ね。強度を変える魔法。……どういうつもり? こんなことして貴方になんの得があるの?」


「ねぇな! 強いて言えばお前が強くなることぐらいか。まぁちょっと訳ありでな。


「! つまり私は今、貴方からこぼれた魔力で体の強度が上がってるってこと?」


 ダイコクは昔、仲間を守るため体を鍛えた。その際に自分に強度を変える魔法をかけてかけてかけ続けたのだ。

 本来魔法にはかけられる上限がある。完全に石となった者がそれ以上石に変わらないように、ダイコクにも、強度を上げるには限界があった。

 しかしダイコクにはある悪魔から奪い取った力があった。その力により、ダイコクは限界を超えて自己を強化し、変化し続けるこの世界で、“不変のダイコク”としてその名を轟かせた。

 

 ただ、悪魔の力は安定しない。そのため、魔物や物に触れた時などに勝手にダイコクから魔力が流れ、勝手に強化されてしまう。

 シズルの釘の強度が増していたのも、ダイコクの魔力が殴った際にシズルに流れ強化されたためである。

 

「……腹が立つわね。勝手に流れるのだとしても、私が強くして嬉しそうにしてるその顔を見ると」


ダイコクは口角を上げて白い歯を見せながら嬉しそうにしていた。


「そりゃ嬉しくて仕方ないからさ。強いお前が、更に強くなるのがさ」

 

「……すぐにその笑み消してあげるわ。ダイコク」


「ガッハッハ! ……やってみろ!」


 ダイコクはもう片方の拳でシズルを殴り飛ばそうとする。

 だがそれよりも早く、シズルが仕掛ける。シズルは自身の体から無数の釘を噴き出させた。


「おお!?」


 突如としてダイコクの目の前は釘で覆われる。そのまま、大量の釘はダイコクを押しつぶさんとしたが、


「フン!!」


 ダイコクは拳を思い切り振るい、その拳圧で、目の前の釘の波を吹き飛ばした。

 大量の釘が散らばり宙を舞う。そして、散らばる釘は闘技場を超えて、観戦している魔物たちの方に落ちていく。


「オワァ釘が降ってくる!? みんな離れろ!」


 観戦していた魔物の一体が離れるように指示し魔物達は慌てて逃げようとしたが、すぐにその必要はなくなる。


「チュウで……トまった!?」


 メテットとラナは空中で散らばった釘を見て驚いていた。

 落ちてきていた釘は地面や観戦していた魔物達に刺さることもなく、宙で静止していたからだ。



「……へえ、シズルちゃんの釘はそんなこともできるのか」


 ダイコクは背後に回り込んでいたシズルに向けて話す。シズルはただ大釘を両手で握りしめ、もう一度、ダイコクの側頭部に目掛けて大釘を振るう。

 ダイコクはそのシズルの攻撃を今度は腕で受け止めたがシズルは受け止められてもお構いなしに、両腕に力を込め続けた。

 その結果、今度はダイコクが闘技場の端まで飛ばされる。


「おお。……さっきよりも強かったな。今のは」


 ダイコクは受け止めた方の腕を見ながら呟く。受け止めた腕には、かすり傷一つついてなくダイコク自身もこれということもないという感じだった。


「……っこの!」


 シズルはダイコクを指さす。すると闘技場の外まで飛び、現在空中で静止していた釘の先端が全て、ダイコクの方に向く。


「“刺せ”!!」


 シズルがそう唱えると、一斉に空に浮いていた釘がダイコクに目掛けて飛んでいく。


「ハハ! いいな!」


 ダイコクは残像が見えるほどの速度で拳を振るい、飛んでくる釘を打ち落とし、破壊していく。


 シズルはダイコクが釘を打ち落としている隙をついて、接近し、ダイコクの喉を狙う。


 ダイコクは迫るシズルに気づいており、シズルの喉を狙った釘の突きを紙一重で躱す。そしてカウンターとしてシズルの頭に蹴りを入れた。

 シズルは一瞬倒れそうになるものの、足を踏み締め、堪えて自分の頭を蹴ったダイコクの足を掴んでそのまま背負い投げた。


「うおっ!?」


ドォン!


 大きい音と共に闘技場に小さなクレーターが出来上がる。シズルはすかさず、クレーターの中心で仰向けに倒れているダイコクを大釘で思い切り突き刺した。


 しかし、大釘は相変わらずダイコクには刺さらない。


「ッ……どれだけ硬いのよ!?」


 シズルはダイコクの体を釘で貫くことを諦め、ダイコクから距離を取る。ダイコクはゆっくりと笑いながら起き上がる。


「ガッハッハ……そりゃ、曲がりなりにも“不変のダイコク”なんて呼ばれているんだ。ちょっとやそっとじゃ傷つかないさ」


 シズルはきっとダイコクを睨みつける。しかし内心焦っていた。


(これは……! こんなにも差があるだなんて……!)


 シズルは少し打ち合っただけだが、このままだとダイコクに勝てないことを悟る。なぜならシズルは腹への一撃と蹴りで、あともう数発攻撃を当てられたらいつもの動きができなくなる予感がしている。それにもかかわらずダイコクは無傷であり、疲れている様子もなかったからだ。

 シズルは苦い顔をしながらも、その闘争心は折れずにダイコクを睨みつける。


 ラナはシズルの辛そうな様子を見て、胸が締め付けられるような気持ちになっていた。

 今支援をするべきか否か。


(シズルを助けるなら今かもしれない。けれど、ワタシたちがシズルを助けに行った姿を見て、ダイコクさんのお仲間さんたちがダイコクさんを助けるために乱入するかもしれない。だとしたらますます不利に……)


(それに……多分シズルは、まだ掴めていない。強さの理由というものを。だとしたら、邪魔したくない。けど……)



「浮かない顔ニャル。どうして助けに行かないニャル?」



「うっわ!? ココ、コルネさん!?」


「なっ!? コルネ、いつのマにそこにいた!?」


「拙者忍者でゴニャルので。忍者とは隙だらけの背中を見たら音もなくすり寄りたくなる生き物ニャルよ」


「そ、そういうものなんですか?」


 いつの間にかラナ達のそばにいたコルネはそのまま、ラナに話し続ける。


「それはそうと、ラナ。その顔はシズルを助けに行きたいって顔ニャル。なら助けに行くべきじゃないニャルか?」


「……しかし、シズルのお願いが……それにワタシたちが入って不利になるかも……」



「? 何かシズルと約束をしているようニャルが……困っていそうなら心配になってまずは助けようとするのが仲間ってもんじゃないニャルか?」


「……!」


「仲間なら遠慮しちゃ駄目でゴニャル。助けたいと思ったのなら、助けに行くニャル」


 コルネが言いたいことを丁度言い切った直後だった。


ドン!


 鈍い音が、闘技場に響く。それは、ダイコクの拳がまた、シズルの腹に直撃した音だった。


「グ……オアアア!!」


 しかし、シズルは怯まずダイコクに釘の突きを放つ。


「! ここからすぐに動けるか!」


(俺様の耐久力は無論、硬さによるものだが……シズルちゃんの場合はこの驚異的な精神力が彼女を支えているのか)

 

 ダイコクはシズルが繰り出す大釘の連続突きを両手で捌く。


「クッ!」


 シズルは大釘で薙ぎ払うも、ダイコクに後ろに跳ばれて躱されてしまった。ダイコクはズン、と地面に着地したのち、顎に手を当ててシズルにあることを聞いた。


「ふーむ。シズルちゃん。やっぱり何か悩んでいるな? おそらくだが、今の動き、本調子の時より遅いだろ」


「…………」


「できれば本調子でやってほしいんだよな。……何を悩んでやがる。このダイコク様を前にしてよぅ」


「……気になっているのよ。貴方が、なぜそこまで強いのか」


(もし、ラナが最初に会えたのが彼なら、ラナの問題は瞬く間に解決していただろう)


(ラナは体がいつ業火に焼かれるか恐怖することなどなかっただろう)


(私のところに彼がいたのなら——赤毛の塔あそこで復讐は終わっていたはずだった)


 歯を食いしばるシズルを見てダイコクはフン、と鼻を鳴らして答える。


「なんだ? 俺が強い? そりゃ当然。俺は今最強なんだからな」


「……今?」


「そう。人……いや魔物には必ず最強になる瞬間てのがある。子を守る親とかな。今最強の状態の俺様と、今最強じゃない状態のシズルちゃん。どっちが勝つかなんてまぁ、明らかだよな」


「……最強の状態」


(私にとっての、最強の瞬間? それはいったい……)


「しかし、なんだ。こっちはせっかく最強のダイコク様で来たってのに、そっちが最強じゃないってのは、考えてみたら不愉快なことじゃないか?」


「え?」


 ダイコクはわざとらしく頷き、眉間に皺を寄せて、さも怒っているかのように振る舞う。


「うん。段々腹が立ってきたぜ……この俺様を前にして全力以上を出さねえなんて不届もんが」


「え、いや、どういうことよ!?」


 訳がわからず混乱するシズル。そんなこともお構いなしにダイコク劇場は続く。


「お前らぁ!! 来い!」


 ダイコクがそう叫ぶと、ゾロゾロと観戦していた魔物達が次々と闘技場へと登ってくる。


「は!? え、あ! アイナ! ちょっとこれどういうことよ!?」


 闘技場にあがった魔物達の中にアイナがいたのに気がつき、シズルは状況の説明を求めるも、


「いけないわよシズルさん。ダイコク様相手にしておいて最強にならないなんて1番駄目なことよ? それにダイコク様は言ってたわよ。なんでもありって」


「〜〜ッ! だとしても! どういうことよ!?」


 シズルにとっては訳のわからない状況だった。

はっきりいって、増援の必要性がない。側から見ても、ダイコクの方が強いのだ。わざわざダイコクの仲間達が危険を晒す理由がシズルには理解できなかった。


(これまででわかってたことだけどダイコクは生粋の戦闘狂。こんなことするような性格じゃないと思ってたけど……どういう意図で……)


 シズルはただ困惑していたが。

 ラナとメテットはダイコクのやりたいことに気がついていた。


「……これって」


「ダイコク様が気を利かせてるでゴニャル」


「コルネ……キをキかせてるとはつまり、そういうこと?」


「わかっているなら早く行くでゴニャル。ダイコク様の気遣いを無駄にせず、格好良く行くニャル」


「ありがとうございます。……メテット」


「リョウカイ。……“ヒラけ”」


 メテットの窓が開いた。


 一方、ダイコクと魔物達とシズルはというと。


「というわけでシズルちゃん。俺を怒らせた罪は重いぜ?」


「……あくまでそれで押し通すつもりね?」


(とはいえ、正直まずい状況だわ。アイナみたいに強い魔物がちらほらいる。こいつらも相手しながらダイコクと戦うのは、はっきり言ってきつい)


 シズルは少し考える時間が欲しかったが、待ってもらえるはずもなく。


 魔物達はシズルに向かって襲いかかろうとした。

 

 その時。


「炎よ! “遮れ”!」


 炎が壁となって魔物達の行手を遮ったのだ。


「炎……これって」


 シズルは炎が飛んで来た方向を向いた。

 そこにはシズルにとって命よりも大切な、ラナとメテットの姿があった。

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