第42話 条件

「戦って……勝つ……!?」


 シズルの言葉にダイコクは頷く。


「そうさ。簡単なことだろ? ここでの俺様の負けは“気を失うこと”だ。それさえ果たせば、ラナちゃんは強化してやるし、俺様も復讐に手を貸そう。なんなら百鬼魔盗団も手伝わせよう」


「ダイコク様!? それは」


「アイナ。いいだろ? あいつらもラナの境遇を聞けば嫌とは言わん」


 アイナは何かを言おうとしていたが、ダイコクが遮った為、黙ってしまった。


(なんだ……? ハカクすぎる。それはこちらにとってあまりにもユウリなジョウケンじゃないか?)


 メテットは話がうまく行きすぎて何か裏があるのではないかと疑っていた。

 ラナの体を強化してもらうだけでも良かったが、ダイコクに勝ちさえすれば、百鬼魔盗団の力を丸々借りることができる。


(ヒャッキマトウダンはこのホシでもツヨいシュウダン……よりカクジツにラナのモクテキがタッセイデキる)


 ダイコクは黄金の夜明けより魔物化し今日まで生きてきた古強者。だがそれはシズルも同じ。

 無謀な戦いとはならないだろう。メテットはそう考えていた。

 シズルが口を開く。


「……聞くけど、貴方とは私が戦うって事でいいのよね?」


「ん? ああ、まぁそれでいいぜ? ちなみに、この戦いは何でもありだ。武器は使っていいし、たとえどんな状態でも途中で何か来ても構わず続けることだ。……いいな? 何でもありだ」


 ダイコクは何でもありだということを強調する。

 シズルはそのことを訝しんだが、


「……わかったわ」


 承諾した。


「よし、じゃあ次は、お前らが負けた時の話だ」


「負けた時……ですね。どうなるんですか?」


「驚かないんだな」


「さっきの話だと都合が良すぎますから」


 ラナの言葉を聞いてダイコクは笑う。


「ガハハ! 『都合が良すぎる』……そうかねぇ?」


「どういうことですか?」


「気にするな。お前らが負けた時どうなるか、だが……」


「……お前らの復讐をもらう」


「!?」


「そのロウソクの騎士とそれを率いる焼け爛れた男……そいつらとは俺様だけがやる」


「……それは」


「わかるかい? 機会を失うってことだ。お前らの旅の今までが全部俺様のものになる」


「だがそれだけだ。その後俺様はお前らを縛ったりしない。旅を続けてもいいし、うちに入りたいなら入っていい。」


 ラナ達が敗北した時の条件を話した後、更に説明を付け加えた。


「こっちも百鬼魔盗団の団員を貸すのはこの一度だけ、この戦いで深く傷ついてもお前らを恨まないことを誓わせる」


「…………」


 ラナは沈黙する。

 これは矜持の奪い合い。ダイコクの築きあげた百鬼魔盗団今までとラナ達の復讐の旅今までをかけた戦いである。


「さぁ、どうだ? 条件を飲むかい?」


「……シズル」


 ラナはシズルに顔を向け、シズルも声に反応してラナの方を見た。

 ラナにとっての復讐は、平穏を得る為の戦いだった。あの男が、ロウソクの騎士がいなくなりさえすれば、誰がやってしまっても構わない。今でも少しそう思っている。


(いつの間にか消えていてくれたらなとさえ思っていた。それならわざわざ危険なことをしなくても、怖いところに自分から行かなくてもよくなるから)

(でも、今は)


「ワタシは……シズルの釘があの男の喉を貫く様を見たい。この戦いに勝てたら確実にそれが見れるんです。だからお願いします。シズル。ワタシを助けてくれませんか?」


 ラナの頼みにシズルはニッと笑う。


「任せて。……というわけよ。悪いけど貴方の矜持に傷をつけさせてもらうわ」


 シズルの了承を得たダイコクは心の中でほくそ笑むが、それを決して表情には出さなかった。


(のってきた。理想とは少し違うが……)


「そうこなくちゃな。ラナちゃんも欲しがりでいいな! 決まりだ! 今日の夜やろう!」


(まぁそこは後で合わせるだけだ)


「キョウ!? ハヤくナいか!?」


「いいだろ別に、早くやろうぜ。シズルちゃんもそれでいいよなぁ?」


「……別にいいけど『ちゃん』はやめて」


「あん? ……嫌だね。なんならそれも条件に含めるか。俺様が万が一負けたら『ちゃん』はやめてやろう」


「……まぁそれでいいわ」


「よし。じゃあ今は休め。ローザ、ここから宿までかっとばせ」


「あっ話終わった? じゃあ……」


「待って下さい! 安全運転でお願いします! かっとぶのはダメ!!」


「そうだ! ハヤくなくていいからアンゼンに!!」


「「「?」」」


 急に慌てるラナとメテットに首をかしげるダイコク、アイナ、ローザ。

 シズルは苦い顔をしながら理由を答える。


「……私達、ある魔物に善意で怠惰亭の近くから赤毛の塔までぶっ飛ばされたことあるの。ラナとメテットはその時の恐怖がまだ残っているみたいね」


「善意で。……文字通りぶっ飛んだやつがいたもんだな」


「そうよね。あのカラス頭……」


「ん? カラス……?」


 ダイコクの頭にとある知り合いが浮かび上がる。


(……まさか、な。いくらなんでも——)


「タシかタフラが『ユウシャのナカマのマジョ』とかイっていたな」


「いや1人しかいねーな!! ミステリカか! 何やってんだあいつ!?」


————

「本当にすまねえ。あいつはまた会った時に叱っとくから……」


ダイコクは深々と頭を下げる。


「いえ……ダイコクさんが頭を下げることじゃ無いですよ」


「まぁ、そうだが……今度あいつに謝らせるから待っといてくれ。それにしても俺様の魔法知ってたのもそこからか。知り合いだったとは」


「まぁ、仲良くは無いけど」


「名前も今日初めて知りましたしね」


「でもイッポウテキにナマエをシられてる。トモダチじゃないのにトモとヨんできて、バラバラにされたりミケンにチュウシャされたりした。あとハッシンキも」


「うん。ほんとごめんな?」


 ダイコクは眉をハの字に曲げる。先程まであったはずのあの大物感が今は微塵も感じられない。


「そうかぁ。その魔物に怖い目にあわされたんだね」


「……うーん。でも早く宿に着いた方がいいよね? 今日の夜に決闘だし。……馬車を速度とか高さとか感じずにあっという間につくんじゃないかな?」


「……手で包む? 馬車をですか?」


 馬車の中でローザの声だけが聞こえたラナはどういうことかと疑問に思う。

 ローザの身長はシズルと同じくらい。馬車を手で包むことなどできるはずがない。


「うん。試してみるね! 〝でっかくなれ〟! 私!」


 ローザが天に拳をかざして叫ぶ。すると、ローザの体がどんどん大きくなる。

 そしてちょうど手のひらに馬車を乗せられるくらいにまでなった。

 ローザは今まで自分が引いていた馬車を持ち上げる。


「え!? 何!? 馬車が揺れて……」


 馬車の屋形には屋根も壁もあるので中にいるラナ達はローザが大きくなったのが見えず、持ち上げたことで起きた馬車の揺れに驚いた。

 状況の確認のために馬車のドアを開けたメテットは巨大化しているローザに驚愕する。


「ぎゃー!? ナニ!? バシャがでっかくなったローザのテノヒラに!?」


 現在、屋形はローザの掌の上にある。

 巨大化したローザを見てそれぞれの家に戻って行った百鬼魔盗団の魔物達が何事かと近づいてくる。

 ローザはもう片方の手で馬車を包む。日の光が遮られ馬車のドアについている窓から光が一切入らなくなる。その結果、光源が馬車内の光る石しかなくなり屋形の中が薄暗くなってしまった。


「よーしこの大きさなら宿まで3歩で行けるよ! 待っててね!」


「……まさかこのまま行くつもりじゃないだろうな? 体を固定するものとかないんだが」


「ダイコク様。ローザもどちらかというと善意でやらかす元気な子ですよ。するように行くと思いますよ」


「……全く、かわいい奴だな」


 アイナとダイコクだけがこの後に起こる惨状を悟る。


 そこから馬車の中は子供の首にかけられた虫かごと同じ状態になった。

 1歩目。ラナ達は無重力を味わった。馬車の天井、壁、あちこちに勢いよくぶつかる。ラナ、シズル、メテットは何が起こったのかまるで理解することが出来なかった。

 2歩目。1歩目で光る石が壊れてしまったらしい。馬車の内部は完全に真っ暗となる。もはや前後左右を把握することなど不可能だった。落ちているのか、飛んでいるのかまるで分からない。ラナとメテットは考えることを放棄し、ただこの地獄が一刻も早く終わることを祈った。

 3歩目。もはや祈りもしなくなる。ただ、ラナとメテットは何かに包まれている感覚があったが、すぐにその意識を手放した。



「ついた! あっという間だったでしょ!」



 百鬼魔盗団の黒い瓦の屋根、鬼の面がかけられている入り口が目印の宿の目の前に着いたローザはそっと馬車を降ろし、自分の体を元の大きさに戻した。そして馬車の屋形のドアを勢いよく開けた。


「ほら! ラナ、シズル、メテット! ここが——」


 馬車の中を見たローザは固まってしまう。自分がやらかしたことを自覚したのだ。

 ラナとメテットとシズルは屋形の床に倒れている。

 シズルはラナとメテットをかばう形で下敷きとなり、呻き声を上げていた。ラナとメテットはシズルのシズルの上で気絶しており、ラナからはほんの少し黒い煙が出ていた。

 アイナも白目をむいていたがダイコクに片手で体をおさえてもらったおかげか、元の位置から移動してはいない。

 ダイコクは自身が座っていた座席にある僅かなでっぱりを掴み体を固定していた。そのためダイコクだけが唯一無事であり、ダイコクはドアを開けたローザの方にゆっくりと顔を向ける。もちろん鬼の形相で。


「ローザ……その顔は理解している顔だよな? なら次に自分がどうすれば良いのかもわかるよな?」


 ダイコクは立ち上がり、シズルもラナとメテットを自分の体の横にずらし、ゆっくり上半身を起き上がらせる。


「……っつぁ……終わった? あら、ローザ…………覚悟いい?」


 ダイコクの言う通りローザは自分がとるべき行動を理解していた。

 なので、その後の行動はとても速かった。


「——ごめんなさいでしたぁぁあああ!!!」


 ローザはその場で土下座した。






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