第20話 蝶人襲来

「え、何これ。……ラナ。あなたのお父さんゲテモノ好きが過ぎない?」


 シズルは引きながらラナの方を見た。


「いや、知りませんこんな眷属!? というか眷属ですかこれ!? もっと別の何かじゃないです!?」


「でも背中に蝙蝠のコウモリの翼生やしてるわよ。顔もチョウチョだし……」


「ラナのオトウサマがおツクりになったヘイキとか……?」


 ラナは必死に否定する。


「絶対そんなものじゃありません!」


「その通りだ。愚か者め。」


「「「!?」」」


 どこから声を出しているのかわからないが、確かに人型の蝶が話していた。


「言うに事欠いて兵器とは笑わせる。余はこの森の賢者。だがいずれはこの世界の王」


「 “魔王”となるものだ。」


「魔王……!? 昔、世界の敵と言われたあの……!? ……あの?」


 魔王という言葉に驚くがラナはすぐに少し微妙な顔になった。

 二代目魔王の貫禄が全くなかった為だ。

 魔王。 “黄金の夜明け”が起こったすぐあとに、この世界の頂点に君臨したもの。

 勇者とその仲間達が消滅させるまでこの世に絶望を振りまいていた残虐非道な魔物の王。

 目の前の魔物はそんな絶望をふりまけるような存在には見えなかった。


(これならまだシズルさんの方が……)


 ふっとそんな考えが頭をよぎってしまいラナは自分を戒めた。


「ふん。ただの破壊者と一緒にするな。余はこの混沌の世に秩序をもたらすのだ。この世界は貴様らような破壊しかもたらさない魔物が覇権を握って良いものではない」


 人型の蝶はシズルを指差し、


「先程もそうだ。貴様、余の同志を握り潰そうとしていたな。余が同志に指示を与えていなければ、貴様は殺戮の限りを尽くしていたのだろう?」


「殺戮て。普通に手掴みしようとしただけよ」


 メテットはある事に気付く。


「ドウリでチョウがなかなかミつからないとオモった。おマエがシジしてタンサハンイからニガしていたんだな?」


「ほう。兵器などと間抜けな考えをしていた割には頭が回るではないか。余の同志達は余のように蒙が啓かれていない。貴様達のような魔物に捕まるとどのような扱いを受けるかわからん。故に貴様らを監視し、近くにいる同志を逃がしていたのだ」


「あんたどれだけ悪く言うのよ! 私たちのこと悪鬼羅刹だとでもおもってるの?」


「悪鬼羅刹よりもタチの悪い何かだ。だが、それも今日までだ」


「ラナ……貴様を消せば、命令できるものはいなくなり余は自由となれる。そして蝶人チョウジンたる余、タフラが魔物の頂点に立ち! 新たな文明を築き上げる!」


「そんな、ワタシを……!?」


(そして、僅かに信じていた眷属ではない可能性が、たった今潰えました……!)


 ラナは色んな意味でショックを受けていたがそんなものお構いなしにタフラは戦闘態勢をとる。


「同志よ見ていろ! この時の為に拠点の近くで罠を張って待ち伏せていた。ここはもはや余の領域。ここで貴様らを討つ!」


 こうしてタフラとの戦闘が始まった!


「フンッ!!!」

「プギィッ!?」


 タフラの野望は潰えてしまった!

 会話している間に足を直したシズルが大釘の頭部をタフラの肩に思い切り打ちつけたのだ。

 激痛によりタフラは意識を手放してしまう。


「呆気なかったわね。ともあれこれで隠れ家の鍵を開けられるのよね?」


「……開けられるんですかねこれ。眷属……なのだとは思いますが……」


「タメすカチはある。チカくにキョテンもあるようだしハヤくイこう」


「わかりました。ここまでくればある程度場所はわかりますので罠に気をつけて——ヒャッ!?」


 早くもラナが罠にかかり、首に縄がかかって吊られてしまう。


「ラナ!」


 すぐさまシズルは釘を投げて縄を切り、宙ぶらりんになったラナを救い出す。

 すぐにむせているラナに駆け寄るシズルだったが、


「マて、そこもワナがある!」


「ッ!」


 削られた丸太の罠が作動しシズルの脇腹に突っ込んでいく。が、メテットが事前に      察知してくれた為シズルはその罠を破壊することに成功した。


「この蝶人間、厄介なの残してくれたわね……!」


「トウキがマエにデる。ラナ、タてるか」


「は、はい。慎重に行きましょう……」


 隠れ家に着くまでまだ少し時間がかかりそうだった。



「ッハ! これは……」


 頭を鷲掴みにされた感覚で意識を取り戻したタフラ。


「オきた。おマエここにクるまでのミチのりにどれだけワナをシカけたんだ。おかげですっかりヨルになってしまった」


 タフラはラナを仕留める為に入念に罠を仕掛けていた。メテットがいなければ更に時間と手間がかかっていた事だろう。


「ここは!? というか誰だ! 余の頭を掴んでいるのは!?」


「私よ。悪いけど黙っててくれる? 機嫌悪いのよ今」


 そう話すシズルの手に力が入る。タフラのせいで夜までかかった事に苛立っているのだ。


「ハァ、ハァ……でもここまでくれば大丈夫なはずです……隠れ家の中にはタフラでも入れないはずですから」


 露骨にラナ狙いの罠が大量にあったためラナは罠にかからないよう神経をすり減し、かなり疲れていた。


「くそっラナも生きているのか! おのれ、放せ!」


「ラナ、開けましょ。条件は揃ってるわ」


「え、ええ、では、開いて下さい。隠れ家の扉」


「だ、駄目だ。開くな! 言いなりになるだけでいいのか!?」


 タフラの必死の懇願も通じず、扉は作動する。

 一見何もない大地から蝙蝠コウモリの翼が現れ、地面がせり上がる。地面のように見えていたのは金属の板を眷属化させたものだった。


「あああー開いちゃーう!!!」


 それを見てタフラが叫んだ。

 そして、一向の目の前に地下の隠れ家へと続く階段が現れた。

 それを見ていたメテットが呟く。


「トビラもケンゾクだったのか。それにしてもつくづくチカにエンがある」


 シズルはふと金属の板の眷属に小さな歯形がついているのが見えた。


(やっぱり噛んだのか。金属に歯形をつけるってどんな顎してるのよ…)


「や、やっと休めます……」


 ラナは限界が近かった。ここまで本当にいろいろあった為だ。


「畜生! ラナさえいなくなれば、余は頂点に……」


 そんなラナにはお構いなしにシズルに掴まれながら悔しがるタフラ。


「もう! いい加減にしなさいよ! あんたさっきからラナを目の敵にして! だいたい、ラナをどうにかしても、ラナのお父さんがいるじゃない!」


 先程からラナを害そうと考えているタフラにシズルの堪忍袋の尾が切れる。

それに対し、タフラは


「ふん! エリオスはもういない! この星のどこにもだ! だからあとはラナだけなのだ!」


「え?」


「ナニ?」



「……え? お父さん、が、いない……?」


 ラナはふらつく。足元がおぼつかなくなる。


「ッどういうことよ! ラナのお父さんがいないって!? あんた嘘言ってるなら叩き潰すわよ!?」


 シズルはタフラの体をシズルの真正面に向け、真っ向から問いただす。


「おと、う、さ」


「ラナ、しっかりするんだ。キをしっかり!」


 疲弊し尽くした体。

 そしてタフラの到底受け入れられない言葉。



 ラナの精神は限界を迎え、ついに気を失った。



「「ラナ!!!!」」




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