第21話 隠れ家にて

 暗闇の中、小さな吸血鬼の少女は漂っていた。

自分はなぜ漂っているのかわからない。


〈ラナ〉


 懐かしい声がする。ずっと聞きたかった声が。

 ラナは声がする方に振り向いた。


「お父さん!」


 そこは完全な闇の中であるはずなのに、父の姿だけはしっかりと見えた。


〈これから私は消えてなくなる。もう君を守れない〉


 ラナの父、エリオスは目からポタポタと黒い雫を流しながら、闇の中に沈んでいく。


「いや! 待って……」


〈君の旅はこれから苦しいものとなるだろう。でもどうか生きてほしい〉


「一人にしないで! お父さん!」


 ラナは父に駆け寄ろうとする。しかしなぜか前へと進めない。ラナの足は虚しく空をけるばかりだ。



〈そうすれば、きっと美しいものをその残った右目に移せるだろうから〉


 エリオスは遂に完全に闇に溶けてしまった。



「お父さん!!」



 伸ばした手が空を切る。

 そこにはラナにとって見慣れた白い天井があった。

 父と何度か過ごした、アカカラスの森にある隠れ家の寝室。ラナは寝室にあるベッドで横になっていた。


「ここは……家?」

「ラナ……おはよう」

「あ、シズルさん……」


 ラナは自分が寝ている横でずっと見守っていたシズルに気がつく。

 シズルはゆっくりとラナに事情を説明する。


「ラナは倒れたの。隠れ家の入り口で、限界だったのにあんなのを聞いたせいで……糸が切れたようにね」


 ラナは気を失う直前の瞬間を思い出す。

 到底受け入れられないあの言葉を。


〈エリオスはもういない! この星のどこにもだ!〉


(お父さんが……もうどこにも。ワタシは、もう)

(父に会えない)


 とんでもなく泣きたいのに泣けなかった。

 ラナは必死に体の中の炎を抑えていたからだ。

 きっと今、目から溢れるのは水ではなく、炎だろう。そんな確信があった。

 そんなラナをシズルはそっと抱き寄せた。


「シズルさん……?」


「ラナは優しいからね。自分の炎のことを心配してるんでしょう?だから、今も頑張ってる」


「……」


「そんなあなたに魔法をかけてあげる。その頑張りを無駄にする悪い鬼の邪悪な魔法を」



「泣きなさい。ラナ」



「……ッうわああああん!!!」


 ラナは堪え切れず業火を流す。

 業火は絶え間なく左目から溢れ、寝室は炎で包まれる。

 しかし——


「……本当、優しいわね」


 不思議とその業火がシズルを焼くことはなかった。


 

 シズルの代わりに別のものは焼けた。



「オきたのならツタえろシズルこのヤロウ。あとカサイがオきるのワかってたなら、ジゼンにヒをケすものをヨウイしろシズルこのヤロウ。」


 プスプスと煙を吹きながら、メテットはプンプン怒っていた。

 業火の中心で抱き合っているラナとシズルを見つけて心中するんじゃないかと思い込み、炎の中を突っ込んだのだ。

 現在ラナによって火は消し止められ、シズルは寝室の真ん中に正座させられていた。


「ごめんなさいメテットさん……」


「キにするなラナ、ワルいのはスベてシズルだ。トウキのソンガイもビビたるものだ」


(どういうわけかあのホノオ、メテットをサけるようにユれていたし。グウゼンか?)


 メテットはそう思い、すぐにその考えを改める。


(……いや、ネてるアイダもラナはハッカしなかった。ムイシキでもホノオのセイギョがデキてきているということか。)


「……起きたの伝えなくてすみませんでした……放火を幇助ホウジョし、申し訳ございませんでした……」


シズルは顔をうつむき、ぼそぼそと謝罪する。


「よし。キョウはそのままウゴくな。ラナ、あっちのヒロいヘヤのホウにイこう」


「そんなぁ! ラナせっかく起きたのに!」


 メテットとシズルのやりとりにラナは微笑む。


「いえ、シズルさんも連れていきましょう。シズルさんにもメテットさんにも、ワタシと父の隠れ家を紹介したいのです」


「ラナ! そうよね? 案内って大事よね! 紹介お願いラナ!」

 

パァとシズルの目が輝く。


「甘いぞ、ラナ。まったく……」


 やれやれという感じで、メテットもシズルの同行を許可した。

 隠れ家の寝室から出ようとした時、シズルとメテットはラナにあることを聞いていた。


「そういえば、このカクれガ、なぜこんなにもアカるいのだ?」


「そうね。酒蔵も私が来た時は炎で明るかったけど、そういう光じゃないわよね?」


 この隠れ家は地下空間だというのに昼間のように明るい。天井に光源があるが、炎由来のものではなく、平たい板に何か塗料のような物を塗って、その塗料がこの隠れ家を照らしているようだった。


「ここは黄金洞窟にいる黄金の虫に生える光るキノコの成分を明かりに利用してるんです」


「黄金の虫に光るキノコねぇ。ずいぶん幻想的な場所があるのね」


 虫の話をしたせいか、ラナの頭に蝶人の姿が浮かぶ。


「虫……そういえばタフラはどうしたんですか?」


「タフラ? ……ああ、あいつならバチボコにしてやったあとにここにあった縄で縛ってやったわ。もう動けな——」


「アッ……」


「あぁ?」


 バチボコにしたはずのタフラとばったり鉢合わせる。

 当然。


「オッラァ!!」

「ピギャア!?」


 タフラは気絶する。

 メテットはもう慣れたのか、すぐさま罠の探知に取り掛かった。


「キをつけろ。このサキのヘヤのイりグチにコロばせるナワのワナがシカけられている。シバっていたナワをツカってソクセキでツクったらしい」


「油断も隙もないわねこいつ」


「外に放り出したいですけど、それならそれで厄介なことになりそうですし…見ておくしかありませんね」


 ラナは少しうんざりしたような表情をして言った。

 生活部屋に入り、ラナは気持ちを切り替えて、メテットとラナに部屋の紹介をする。

  その部屋は広く、部屋の右端に凍った実がなっている植物が生えた植木鉢があったり、壁にラナの父が作成したこの世界の地図張られていたり、地図のすぐ横で5段全部本で埋まった本棚が置かれていた。その他生活に使う用品等はすべて部屋の右半分に集中している。

 部屋の左半分は研究スペースとなっており、仕事机の周りに資料の山が積みあがっていた。


「では、ワタシが寝ている間に一通り見て回ったと思いますが改めてご紹介します。ここはご飯とか、研究とかいろいろするのに使う部屋です!」


「「おお〜」」


 メテットとシズルは拍手をする。

 ラナはこの隠れ家の豆知識をついでに話す。


「因みに寝室が分かれているのは、寝ている時に襲われたりしないように、隠し部屋としての機能を持っているからだそうです!」


「色々考えているのね。……あれ? それ最初の隠し扉見破られてる想定よね。それができるやつに隠し部屋って効くの?」


「まぁ保険のような物なので。いざって時の手段の一つです!」


 ラナは部屋の紹介を続ける。


「それでですね、先程も言ったようにここはご飯を食べる場なのです。シズルさん。お腹空いてませんか?」


「お、いいわね。ちょうどいいし、朝食にしましょうか」


「はい!あ、メテットさん。あっちにある本とか資料が“黄金の夜明け”の情報です」


 ラナは奥にある資料の山を指差した。


「ナニぃ!?キノウはタフラをミハっててキづかなかったがこれらが!?」


「はい!メテットさんに提供する情報です!一部だけですが……」


 メテットは目をキラキラさせる。


「これでイチブ……ヨソウイジョウ」


 シズルはひと段落ついたと考え、ある提案をする。


「うん、じゃあご飯食べながら情報共有しましょうか」










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