第12話 怠惰亭潜入作戦

 ぎい、とシズルは怠惰亭の扉を開ける。怠惰亭の中では様々な魔物が騒がしく笑いながら酒を浴びながら酒を吞んでいた。

 怠惰亭の中は松明やランプが光源となっており、10個ほど丸いテーブルが並んでいる。がそのいくつかは壊されて残骸となっていた。そして今シズルがいる扉から1番遠いところにカウンターがあり、その奥でガタガタ酒樽が揺れていた。



「ぎゃはははは! おい泥だんご! そんななりでてめぇ酒ぁ飲めるんかぁ!?」


「飲めるんだなぁこれが! 見てろよぉ!?」


「うはっは!! 一気にいきやがった! マジかよてめぇの酒飲んでみたかったけどなぁ!」


「……あーあーうー」


「お!? こいつ意識飛んだかぁ!?」


 シズルを除くここにいる魔物全てが酒に溺れており、ドロドロになって横たわる魔物やそれを踏みつける魔物、涎を垂らして棒立ちしている魔物等、様々な魔物がいた。

 その様子はまさしく怠惰的で、明日のことなど何も考えていないようだった。


「……はぁ、ねぇあんたが店主?」


 そんな客にうんざりしつつもシズルはカウンターでコップを拭いている店主らしい人物に話しかけた。

 その人物は体を酒樽の中に入れており、髪の毛はぼさぼさで、コップを磨いている腕は恐ろしく細い。

 歯は酒で溶けたのかボロボロで、目も片目は変な方向を向いていた。


「……んんん? おめぇあったらしい顔だなぁ?」


 しゃべり方がたどたどしい。どうやら店主もかなり酔っているらしい。


(経営者もこれか。筋金入りね。)


 店主はまじまじとシズルを見つめて、


「そんな土まみれに汚れて、しかもその表情ぉ、おめぇも疲れているんだなぁ。ヒェッヒェッ、かんげぇするぜぃ」


(……なぜかいい印象つかめたわね。表情はここの客のせいで土はメテットのせいだけどまぁいいわ、確か…)


 一人で怠惰亭に行く前に、ラナに言われた酒を飲まずに情報を得る方法を思い出す。


「……で、店主なの? あんたが魔力を酒に変えられるのよね?」


「あぁそうだぁ! テンシュってのは忘れたがそれぁ俺だ!」


「そう。私いいもの持ってきたんだけど興味ない?」


 そう言ってシズルは3本の大きな釘を取り出した。


「お!? おおおいい酒になるぞこれ!?」


 店主の興奮した声に酒に溺れていた魔物達が一斉にシズルの方を見る。

 新しい酒の匂いを嗅ぎつけた魔物たちは一斉にシズルに擦り寄る。


「おうおうおう姉ちゃん! それ俺たちにもくれねーか!」


「見たところ新しい酒ができるんじゃねーかぁ! くれぇ!」


「かなりの量になるだろそれ! 分けてくれよぅ!」


「ええ。もちろん、私はそんなみみっちい女じゃないわ。」


 シズルのその言葉に怠惰亭内の魔物たちは一斉に沸き上がった。


 その様子を遠くの岩陰から眺めていたラナとメテット。

 まぁまぁ距離があったがラナとメテットは中の様子を完全に把握できていた。


「シズル、なんだかすごいニンキモノになってる。」


「あれ? シズルさん質問一個くらいなら釘一本で大丈夫だと言ったんですけど……」


「そういえばシズルにどのようなサクセンをアタえたの?」


「いや、特に大げさなものじゃないんですけど……相手におごり続けて、他愛ない会話をしているように見せかけて、質問するって感じです。自分が飲む隙を与えなければ、自分が飲むことはないというわけです」


「ふむ。すぐオモいつきそうなテだが、それでもサケをススめられたバアイはどうする?」


「その時は自分の魔力で作られたお酒を手に持って乾杯をするだけでいいです。怠惰亭の魔物はノリだけで生きてるので乾杯するだけで大抵のことは忘れるそうです」


「……そんなキオクヨウリョウのマモノタチでタシかなジョウホウがテにハイるのか?」


「大抵の記憶はだめですけど、自分にとって重要なことは覚えているものです。例えば、危険な魔物の居場所とか」


「ふむ。それがモクテキのジョウホウか」


「ロウソク頭の騎士はワタシたちだけでなくいろんな魔物を狙ってもいたようです。可能性はあると思います」


「まぁジッセキはあるし、しばらくヨウスをミてみるか」


 メテットはそう言って怠惰亭の様子を見る作業に戻ったが、ラナはシズルの行動に疑問を持っていた。


(それにしても釘1つでおそらく酒樽1つ分相当なのにどうして3つも……)


 釘をもらった店主は樽から出て、カウンター奥にある地下へと続く床下扉の中に入っていった。

 数分後、店主は酒樽を一個担いで床下扉から出てきた。


「それでは、姉ちゃんに感謝しつつカンパーイ!」


 酒場の中は大宴会となっていた。


「この酒黒いな! ドロッとしてるし石油かよ!」


「……すげーこの酒! 燃えるぜ!」


「マジで石油じゃねーか!? これ!?」


(……そろそろね。)


 シズルは当初の目的を果たすため、近くの泥が人の形をとったような魔物に話しかけた。


「ねぇあんた」


「あん? おおおめぇありがとうな! こんな強烈な酒ぇ初めてだぜ!」


「そりゃよかったわ。ちょっとあんたさぁロウソク頭の騎士みたいなやつ、見なかった?」


「おぉ? おれゃあみてないがぁ……知ってるぜ。うちもいくらかやられた」


「……!」


「割とあちこちにいるぜぇ? ああたしかぁ、赤毛の塔の近くにわらわらいるってぇ、たしかぁ」


「赤毛の塔? どこにあるの?」


「姉ちゃんなんも知らねぇのなぁ!? 俺も知らねっ!! ハハッ!!!」


シズルはイラつきながらも務めて冷静に対応する。


「わかったわ。次の質問なんだけど――」


「姉ちゃんまた質問かよ!? 全然みみっちいじゃねぇかぁ!!!」


「もううっさいわね! これが見えないの!?」


 そう言ってシズルは新たに大きめの釘を取り出して見せた。


「うっほ! まだあんの!? 最高かよ!」


「シズル、またアタラしいのイッポンダした」


「シズルさんいったい何を⁉あまり盛り上げすぎると乱闘が……」


 シズルの異様な気前の良さに、ラナは不思議に思っていた。


(もしかして……他にも聞きたいことがある……?)


 ラナの読みは当たっていた。


「来たわね。店長。」


「ん? おめぇ顔が赤くないが……もしかして飲めねぇのか? あ?」


 店長の眼光が鋭くなる。しかし、シズルはさらりと受け流す。


「顔に出ないだけよ。我ながら悲しい体質を持っていると嘆きたくなるわ。」


「はっはっはっそうかぁ! まぁそんな嘆きも悲しみもぜーんぶ酒と一緒に飲んじまいなぁ! ここじゃ辛いことは飲んで忘れるのが掟だぁ!!」


「そうするわ。ところで風のうわさで聞いたんだけど、店主さん“黄金の夜明け”っていうのご存じかしら?」


「ああん? そそられるなぁそれ、おーごんかぁ……」


「でしょ~私もちょ~っと気になってるの。昔から光り物が好きでねぇ」


「烏か? いんやぁ知らねぇなあ。昔そんなのチラッと聞いてたやつぁいるが……」


(なしか。何か情報があればメテットに教えたかったけど……)


「そう。残念。まぁいいわ。この残念な気持ちもお酒飲んで忘れるとするわ。」


 シズルのその言葉に店主は酒樽をガタガタ言わせながら大笑いした。


「がははっ! お前もわかってきたなぁ!! 土まみれの姿見たときから予感してたがぁ……最高だよ。」

 

 店主はそう言って濁った眼をきらきら輝かせていた。


(……メテットのいたずらがこんなところで役立つなんて、まぁ感謝なんかしないけど)


(さて、残るはあと1つ……)


「あぁそう、そういえば私ここにある魔物を探しに来てたんだったわ。ねぇ店長さん」


「ん? 魔物ぉ?」


「ええそう。ここにきているはずよ」


 今度はシズルの眼光が鋭くなった。



「――蝙蝠コウモリの羽が生えた小さい魔物を酒にするようなやつが」

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