第11話 酒飲み達の楽園

「ったく次からは事前に言いなさい」


「……はい。モウシワケゴザイマセンデシタ」


(メテットさん。燃える寸前のワタシみたいになってる…)


 シューとメテットの頭から白い煙があがる。それはシズルが宣言通りしばいたところから出ていた。


「まぁ何はともあれついたのね。ここが外の世界か」


今までずっと変わらなかった景色が変わっている。地平線の先まで陸が続いており、あたりは少し霧のかかった黒い葉の針葉樹林が広がっている。


(いざこうしてたどり着いてみると、なにかこう、くるものがあるわね)

 

 シズルは思いきり空気を吸ってみる。閉鎖空間であった釘の島と空気は同じはずなのになぜか違うように感じた。


気持ちいいような、クラクラするような心地で——


「ってなんか酒臭くない? ここ……」


「……ここ、もしかして“怠惰亭”の近くですか?」


「メイショウはフメイ。タイダテイというのがサカバであるならばそう」


「はい。怠惰亭は酒場です。……そうですか。よりにもよって……」


 ラナは渋い顔をする。何か嫌な思い出があるらしい。


「怠惰亭? なんかだらしないやつがいっぱいきそうな名前の酒場ね」


「シズルさん鋭いですね。朝から晩まで酒を飲み、つまみを食べる。何かに疲れた魔物たちが何もかも忘れて今を楽しむために通う酒場です」


「……メテット。ほかにいいとこなかったの?」


「あのシマからイチバンチカいリクチをエラんだらここだった。フタリがハヤくデていきたそうにしていたからジカンをユウセンした」


「…いや」


 すると唐突にラナが顔を上げた。


「今の状況でここは都合がいい。むしろ幸先がいいかもしれません」


「どういうこと? ラナ」


「ナニかミョウアンが?」


「はい。情報集めといえば酒場です。怠惰亭で、ロウソク頭の集団について情報収集をするのです」


 シズルは酒の匂いに渋い顔をしながら


「酒場とはいえそんな情報集まるかね……」


 と疑問に抱く。


「怠惰亭は割と人気がある酒場でいろいろなところから魔物が来るんです。父も怠惰亭に潜入して、 “黄金の夜明け”の情報を手に入れたことがあります」


「……へぇ。実績はあるのね。他に探す当てもないし確かにいいかもね……メテット?」


「……こんなサカバで……ツヨそうなマモノがたくさんいるからってケイエンしなければよかった……」


 メテットが軽く絶望している横で、ラナはシズルに声をかける。


「シズルさん。聞きたいことがあります」


「え? この流れで? もしかして……」


「はい。お酒の匂いとか、お強い方ですか?」


————


「……新天地で初めてやることが酒飲みなんてね。しかも一人って」


 シズル一人、酒場“怠惰亭”に歩いて行く。その酒場の見た目はコテージのようだが、ドアの上に大きな木製のジョッキを模した看板が取り付けられていたシズルとメテットは遠くからその姿を見守っていた。


「……サカバがミえてから、モヤがかかっているが……」


「魔物で作られたお酒が靄を作っているんだと思います。シズルさんを見失わないようにしないと」


「どおりでサケのニオいがツヨくなった。……シズル大丈夫か? ここよりツヨいニオいのナカにいるということでしょ。」


「シズルさんはお酒に耐性があるそうでしたけど、様子が変でしたら私達で助けましょう。その為にもしっかりと見ておかないと」


(……少し寂しいわね。まさか、早々に一人で行動なんて……)


 シズルは、先程三人で話し合ったことを思い出していた。


〈強い方だけど……お酒飲んで情報集めてこいってこと? その、私達の敵の居場所とかを〉


〈私の考えではお酒は別に飲まなくてもいいですけど、そうです!〉


〈ふーん。でもなんで私? 私、ラナから聞いただけで顔とか詳しく知らないしうまく説明できるかわからないわよ?〉


〈(……イマサラだが、ジツガイをアタえられたとはいえなぜシズルはカオもシらないアイテをニクむことができるんだろうか)〉


〈…それは、シズルさんの見た目が大人だからです。〉


〈見た目が? いやまぁ魔物になる前から大人だけども〉


〈お酒って大人が飲むものでしょう? だから、怠惰亭に見た目だけでも子供がいてはいけないんです〉



〈……もし、ワタシが怠惰亭に入る、いや、近づいただけでもワタシは捕まり、お酒の材料にされてしまいます〉



〈えっ?〉


〈怠惰亭の店主は物を酒に変える魔法の持ち主なんです。その魔法をこめた酒樽を作っていて、どんな魔物でもその酒樽に何か入れれば誰でもお酒を作れます〉


〈そして、物に魔力があればある程、よりよいお酒を作れるそうなんです〉


 魔物の体は魔力でできている。もし、魔物で作られた酒ならばそれは極上の一杯となるだろう。


〈ワタシは父が気になって外から見れないかと近づいて、捕まって、お酒にされかけたんです〉


〈……そんな、ハナすことのできるアイテを?〉


 メテットが怠惰亭の方向を信じられないという目を向ける。


 シズルは嫌な顔をしながら話す。


〈……私みたいにあの光で変わった奴なら大抵は話せる相手を酒になんぞしないけど、生きていくうちに私を狩りに来たやつみたいになるかもだし、それに――〉


シズルはラナを見て


〈生まれたときから魔物だった奴ならラナみたいに教育されてないと倫理観なんてないだろうし〉


〈そうか……イマこのホシではウまれたときからマモノであるバアイがほとんど。だからダレもキにしないのか。ヨッキュウをミたせたら、それでいいのか……〉


〈(やっぱりこのホシのマモノはオソろしい。コンポンからチガうというか……)〉


〈……でさっきラナは別にお酒を飲まなくてもいいって言ってたけどラナの話聞く限りだとお酒飲まなくてもまずくない? 要は酒飲まなかったら酒にされるんでしょ? 酒になる前にそいつぶっ倒してやるけど。〉


〈流石ですね。でも、大丈夫です。ワタシの父は怠惰亭にいって酒を一滴も飲まずに情報だけをとって帰ってきてましたから〉


 そう言ってラナは指でピースを作って見せた。


〈へぇ。……ああ、だから潜入って言ってたのね。なるほど〉


〈ふむ。メテットはどうすればいい? シズルとイッショにいけばいいか?〉


 メテットはラナに自分のすることを聞いた。

 が、それに答えたのはシズルだった。


〈いや、メテットはラナと一緒にいなさいよ。貴方元々、移動手段としての協力をしたんでしょう。危ないとこに関することは私に任せておきなって〉


〈……いや、しかしシズル、トウキは“ヨアけ”にカンするジョウホウがエられるかもしれないから〉


 どうにか手伝える口実を作ろうとしたメテットだったが、


〈いえ、メテットさんは私と一緒に安全なところにいましょう。怠惰亭では乱闘とか起きたりしますし、それに巻き込まれないようにと、乱闘が起きた時迅速にシズルさんを助けられるように〉


 メテットの一瞬フリーズし、小刻みに震えながら聞き直す。


〈……ラントウ?オこるの?〉


〈魔物の酒盛りならまぁ、割と起こりそうね〉


 シズルが腕を組んでうなずいているのを見てメテットは怯えた。


〈(ケイエンしててよかった……)〉


〈わかった。いつでもシズルをカイシュウできるようにジュンビしておく〉


〈話はまとまったわね。じゃあラナ、なんか宣言よろしく〉


 シズルの無茶ぶりにラナはぎょっとする。


〈宣言!? どういうことです!?〉


〈作戦開始とかがんばるぞーとかなんでもいいわ。気合い入れたいのよ。〉


〈そ、そういうことですか。……よーし……〉


〈(ワリとノりキ?)〉


 少し恥ずかしがりながら、ラナは拳を天に挙げて宣言した。


〈怠惰亭潜入作戦開始です!〉


 それに対し二人の反応は


〈おー!〉


〈ォぅ〉


〈……メテットさん声小さいですよ!〉


〈メテットに大音量を求めてはダメ〉

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