第74話未来へ~老女side~
その日、身なりの良い男が訪ねて来た。
貴族か、それに連なる人種だと一目で解ったよ。本人は騎士階級出身だと申告してきたが、どうだかね。ちょっとした立ち居振る舞いが貴族階級のそれだ。
「いえ、本当に私は騎士階級です」
「ほぉ~……。まぁ、それはどうでもいいさ。で、何が聞きたいんだい?言っとくけどね、ここら辺で楽しい話題なんて一つもないよ」
「この辺りは騎士階級の出身者が多く住んでいたと聞きましたので……」
「あんた、一体何時の話をしてるんだい!?」
「あ……いや」
この若造はどうやら遥か昔の話をしてくれる。
ああ、確かに以前はそういう階級の人間が多く住んでいたさ。
そういう、あたしだって一応は騎士階級出身だ。亡くなった亭主だって騎士だった。鳴かず飛ばずの男だったけどね。
「はぁ~~……誰に何を聞いたのかは知らないがね、この辺りは今やそんな階級者なんて住んでないよ。昔はそりゃあ住んでたさ。それも二十数年前までの話さ」
「……そうですか……」
「なんだい?もしかすると誰か知り合いが住んでたのかい?」
「あ……いえ……その……」
「まぁいいさ、言いたくないのならね。この辺で昔住んでいた騎士階級の知り合いを探してるんなら今すぐ探すのは止めるんだね」
「え?……何故ですか?」
「あんた何も知らないのかい?」
「こちらに来たのは初めてで……」
「ああ。そうかい。なら知らなくて当然だ」
あたしゃあ、傍に置いていた煙草ケースから一本タバコを取り出し、火を着けたのさ。そして煙と共に言葉を吐きだしたさ。胸糞悪い話だからね、吸わなきゃやってられないのさ。
「今じゃあこの辺りは、ならず者の集団が集まるスラム街になってるんだよ。ま、パッと見は分からないがね」
若造は一瞬息を詰まらせてた。本当に何も知らずに来たらしい。
「この辺りはならず者が幅をきかせてるんで、あたし等みたいなのが住んでも誰も気に止めないし、治安も最悪でね」
「え、では……」
もう一本タバコを吸って、あたしは若造の目の前に指を差してこう言ってやった。
「あたしは違うよ。まぁ、犯罪スレスレの金貸しくらいしかやっちゃあいないよ。元からここに住んでいる、いわば先人だ。ならず者の世界にもルールってもんがあってね。元からいた住民は一定の敬意は払われるのさ」
「そうですか……」
「あんたが何を知りたいのかは知らないがね、昔住んでいた連中なら余所に引っ越しちまったさ。ま、正確には女は娼館行きで男は鉱山で強制労働になったがね……」
「それは一体どういう事ですか!?何故そのような!」
若造の慌て振りは実に愉快で、ついね、あたしも口が滑っちまった。余計な事を言っちまったよ。でもまぁ、もう時効だろう。
あたしゃあ、二十数年前に起こった騎士の娘の出世物語を語って聞かせた。
運よく国王に見初められて妃にまで伸し上がった女の話をね。そして、その娘とその家族のせいでこの辺りの住民に何が起こったのかも話してやった。
トントン拍子に
同じ階級の女達が真似したのは当然の成り行きってもんだ。
貴族階級の男達が集まる場所に、こぞって容姿に自信のある女達が押し寄せていったのさ。
ただね、世の中そう上手くはいかない。女達が玉の輿狙いなのは一目瞭然だ。貴族の男達にとって見たら騎士の娘なんて結婚する相手じゃない。いいとこ『妾』だ。
結局、貴族のボンボンに遊ばれて終わった女は後を絶たなかった。中には例外はいただろうがね。貴族の妾に収まった女は勿論いたさ。もっとも、正妻にバレて無一文で放り出された連中もいたし、男に飽きられて捨てられたケースだってあった。そういう女達の最後は大概似たり寄ったりさ。娼館行きだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます