第75話未来へ~老女side~

 

 若造は顔をしかめて聞いていた。

 同情してんのかね?女達の場合は自業自得さ。親や親族、周囲の者から散々忠告されてたってのに聞きやしなかった。


「よくある話だろ?上手く立ち回ったのは大出世した娘シュゼット側妃だけさ。あたしもね、その娘の事はよく覚えてるよ。別に知り合いって訳じゃない。ただね、とびっきり綺麗な子だったから覚えてるのさ。あの娘は人目を引いたからね。恋人がいなけりゃ、ヤバいと思ったもんだよ」


「どういうことですか?」


「は?ああ、単純な話だよ。そんな美人がいたら男どもが徒労を組んで争奪戦さ。その娘には女友達が一人もいなかったから余計にだね。襲われなかったのが奇跡に近かった。恋人が優秀な男だって噂だったから……今思えば牽制してたのかねぇ?あたしから言わせりゃあ、アホとしか言い様はなかったよ」


「それは……どういう……」


「ん?どういうったって、男を狂わせるタイプの女に入れ込んじまってんだ。そりゃ、末路は悲惨だと思うもんだろ?案の定、碌な死に方しなかったけどねぇ。娘の方が一枚も二枚も上手だったって話だ」


あの方シュゼット側妃はそんな人ではありません!!そんな卑しくて下劣な女などではない!!!」


 あたしの言葉を遮るようにして叫んだ若造は、血走った目を見開いてたよ。今にも殺しにかかるような目だった。ああいう目をする連中をあたしゃ、よ~~~~っく知ってる。


「あんた、もしかしてあの娘の知り合いかい?そうなら早いところ手を切った方が身のためってもんだよ。あの女、今は貴族として田舎に行っちまったって話だがねぇ。きっと今頃、新しい男と良い感じにやってるはずさ」


「私はあの方を知っている!!あの方は美しく清らかな女性だ!!その様な事実はない!!」


「へぇ~~そうかいそうかい。なら止めやしないよ。ただねぇ、あの手の娘は一人で生きてけないもんさ。あんたが言うようになんだろう?なら尚更だね。男が放っておかないさ。それに、あの娘はんだ。今更別の生き方なんて出来やしないんだよ」


「貴女に彼女の何を知っているというんだ!?」


 そう若造が叫ぶと、そのまま帰っちまった。まったく、何しに来たんだ?人の話は最後まで聞くのが礼儀ってもんだろう。

 あたしゃ、最後の一本になっちまった煙草をふかしながら、煙を吐いた。


「まぁ~、あの分なら周囲が止めるだろうさ。大方、娘の事を知ってる奴が忠告がてらに此処に来させたって口だろ。親か、親族か……それともか。やれやれ、あの様子じゃ、本人に会いに行くのが早いかねぇ」


 なんて独り言を口にしながら当時の事を思い出していた。あの娘はあたしの忠告をちゃんと守ったようだ。人生の先輩からの忠告は聞いとくモンだ。さっきの若造、恐らく旧王家に仕えていたんだろう。あの娘に随分御執心…いいや、アレはそいういったもんじゃないね。心酔ってやつかい?あの様子じゃ、娘の方と関係を持たなかったと見える。まぁ、そうでもなけりゃ、こんなところまで娘の過去を聞きにはこないか。きっと、周囲の誰かが忠告したんだろうさ。あの娘に関わっても碌な目には合わないってね。


 気立ての良い器量よし。


 評判の良い娘だったさ。


 ただ、美人過ぎた。

 男は娘に夢中、女からは嫉妬の的。

 あの娘が異常に家族を愛したのはそのせいだろうさ。家族に異常に入れ込み、異常な愛で縛りつけ続けた。歪んでたねぇ。普通の仲の良い家族に見えたから余計に。それは家族にも伝播した。その愛情の輪に入った男もね。


 でもねぇ~あの娘は、それをちっとも理解しちゃあいなかった。無意識なんだろうさ。それと同時に周囲の中で自分を守ってくれる存在を見つけるのが上手かった。これも無自覚だったんだろうよ。無意識に自分を庇護して守ってくれる男を傍に置きたがったのさ。だから自然と騎士階級の男を恋人に選んだんだろうさ。あの娘が国王に見初められた時にこっそりと教えておいた。「無知なフリをしときな。そうすれば馬鹿な男も自分が賢いと思ってる女も騙されてくれるよ」ってね。


「無知と無教養が武器になる、か」


 あたしゃあ、あの娘を賢いと思ってた。

 周りの連中が言うような『顔だけ女』とは思えなかったからね。だから忠告したんだよ。あの娘は、その『武器』を使って生き延びた。あたしの忠告は役に立ったようだ。ただね、一つだけ気にかかることがあるのさ。それはあの娘が本当に好いた男は誰だったのかってところさ。それだけ、そこだけはあの年月が経っても気になるよ。


 何時だったか、見掛けない男が娘と一緒にいたのをあたしは見かけたんだよ。見たのはその一回だけさ。ただね、その時の娘の顔。あれは今でも忘れられんのよ。あれは『女』の顔だったからね。

 今となっては、真実なんて誰にも分からない。


 あの娘シュゼット側妃はきっと誰にも語らずに一人で墓場までその秘密を持って行くだろうさ。


 息子ユリウス元国王の父親が本当は誰だったのか、あたしにゃあ知り様がないよ――



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