第22話

 

 俺ことレイは、今闘技場のVIPルームに居ます。


 何故ならナツメさんが今日、闘技場に出場する日だからです。


 丁寧な物言いはこれくらいにして、ただ観戦しに来ただけでなく別の目的もあって闘技場へ足を運んできた。


 もちろん目的は彼女に俺が結婚してほしいと伝えること。これは直接伝えなければならないと考えての行動だ。


 この世界の求婚は女性がお見合いやプロポーズで男子に求愛し、男性は代理人越しにそれを伝えて婚姻が成立する。何というか、味気なさすぎやしないか?割と人生に関わる話なのにこうもあっさりと決まることは無いんじゃないか?


 何度もお見合いしてきたが、相手はめちゃくちゃアピールして必死に気を引こうとしていた。それに報いるのが男の仕事なんじゃないかと俺は思っている。


 実際、この世界の男性は怠惰的だ。女性を複数相手にしなければならないことを除けば特に生産性もなく、ただそこに居るだけで女性が勝手に絡んでくるので何もしなくてもいいという風潮もある、らしい。


 俺がいる病院の医者は特別枠だが、他はそんな感じらしい。基本的には女性に肉体を健全に貸し与え、他の時間はダラダラと過ごしているらしい。


 他の男性についての話が全くないからこれも人伝にしか聞いたことがないんだよ。俺の知っている男性は医師と遊園地で偶然会って誘拐されたチャラい男だけだ。名前は知らん、よく考えたら二人とも名前知らないってどういうことだ?


 この話は置いておこう。とにかく、ナツメさんに結婚する意志を伝えて色々と契約書を交わすことが今日の目的!試合観戦はついでだけど、願わくば勝って欲しいものだ。


 このVIP席には俺以外は誰もいない。外に黒服が立っているが、侵入しようものなら警報は鳴り響き一斉にここに人が集まるだろう、と説明を事前に受けている。


 とはいえ、セキュリティ面で不安は感じないわけはない。アンデルセンの遊園地の一件は世間に大きな衝撃を与えた。多くの施設や企業が必ずしも安全ではないという証拠をこの事件によって明かされたため、男性の外出率は大きく減るだけでなく今住んでる場所も安全なのかと疑問視されているようだ。


 医者もそこを不安に考えていたらしい。病院も彼の自宅もセキュリティ面を強化するために業者を呼び込んでいた。


 おかしいな、話が逸れる。俺の思考は目の前の試合に引っ張られないらしい。


 今日の試合でナツメさんが出るのは午前の部の最後。多少時間が押したりもするが、昼を少し過ぎる程度で終わるだろう。その時に食事にでも誘おうか。


『さあさあ、今日の楽しい雌犬の戦いだぁ!なんと、午前最後の戦いはナツメ・ユキジとカリアノ・ホシノ!「流れ星」は新たな光を見せるか!「奇跡の逆転負けファイター」は今日も奇跡的な負け試合を見せるのか!』


「だぁれが『奇跡の逆転負けファイター』や!」


 司会の紹介と共に2人の闘技者が会場の真ん中へ歩いていく。ナツメさんは司会の物言いに不満なのか怒りを露わにしていた。


「ナツメ・ユキジ、確かに貴女は黒星しか付いてない。だからって舐めたらいけないのは分かってるわよ」


 そう言いながらにこやかに笑う妙齢の女性がカリアノ・ホシノである。


 見た感じは30代く前半くらいかと思うが、実際はもっと上らしい。会場に飛んでるヤジの中に『そろそろ引退しろババア!』とか言ってるのが聞こえる。


『さあ、いい感じの罵り合いはここまでだ!そろそろ試合のコングを鳴らすよ!』


 いい感じに会場が熱くなってきたところでナツメさんがVIP席にいる俺に気付いたようだ。とても嬉しそうな顔で手を振っている。


 先日あんな事があったのに思ったより引かれていなかった事に安心した。控え目でもかなり暴力的な事件のきっかけでもあったから心証がどうなるか分からなかったんだよな。


 銃を何の躊躇もなく撃つあたり、俺はこの世界と常識が、というよりも前の世界から常識は違う。そういう環境に身を置いていたせいか、まだ感覚が抜け出せていない。もう殺しの螺旋から抜け出したいものだが…………


「なに?あのイケてる彼は貴方の彼氏?]


「まだそこまでいってないんやけどな。あんたを倒してええカッコするんや!」


「あらあら、若い子がいきり上がっちゃって。勝てると思いで?」


『さあ、試合開始ぃ!』


 コングが鳴り響く。流れ星の名に恥じぬ閃光がナツメさんへ向かい、爆発した。



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