第19話
銃を手に入れたのは偶然だった。
ミラーハウスで透明化女その1を尋問している最中に気づいた。ギャル故に露出は多いというのに一箇所だけ、スカートの横部分が膨らんでいた。
何か通信機でもあるのかと思って手を突っ込むと大当たりである。スカートを上から手を突っ込まれた指を折られた痛みで泣きじゃくっていたためそれどころではなかった。
銃を手に入れた瞬間、それを即座に仕舞った。実は警棒を服の下に仕込めるよう専用のポケットを作っていたが、警棒を即座に抜き取って捨て、空いたポケットに銃を突っ込んだのだ。
男の服に固い膨らみがあっても気にしてはいけない。それは護身用のナニカである、この世界の暗黙の了解らしい。
だから警戒されなかった。無力な男と、例え抵抗できたとしても腕を押さえたらおしまいと、警棒や催涙スプレー程度しか持てないと。
「くっ、このぉ!」
それを逆手に取られて撃たれたトリガーは咄嗟にレイへ銃口を向けて引き金を引く。
それを予測してかナツメと逆方向にレイは既に走り出していた。
トリガーが放った銃弾は当たらず、レイも拳銃をトリガーへ向けて引き金を引く。
放たれた弾丸は惜しくもトリガーの真横を通り抜けて車の車体を凹ますだけで終わった。
「(狙いが、正確っ!)」
だがトリガーは焦った。銃は基本的に静止してから撃つものである。走りながら撃とうとすると身体は揺れ、腕も等しく揺れるため照準は大きく外れることになる。
トリガーも走りながら撃つ経験はあるが、多少狙いは甘くなっても当たればラッキーの感覚で外す、もしくは牽制を目的とした射撃として認識して『いた』。
だが、あの男は角度が数度違えばトリガーの腕に銃弾を当てていた。そう感じざるを得ない程の精度を持っている。
「くっ、こっちに来なさい!」
「ひいっ!?」
「た、助けてぇ!」
透明化女ごと人質になっている男を引き寄せてレイに対する盾とする。
いつの間にか口を縛っていた布が外れて泣きながら助けと許しをこう男だが、今はそれすら耳に入らない。
「撃つならこいつらに当たるよ!」
男に『異能』は無い。それが常識故に肉壁は充分に効果はある。
流石にレイも距離が空いている以上、人質を盾にされては撃つ事はできない。
だから走って近寄るしかできない。
「こっちに寄らないで!全く、こんな聞き分けのない子…………!」
トリガーは2発の銃弾を車に向けて放つ。
「うおぁっ!危なっ!」
車を貫くも隠れていたナツメには当たらなかった。
「最初からこれを狙って?」
「んなもん即興に決まっとるやないか。こっから先は誰にも分からんで!」
車という遮蔽物で身体を隠し(しゃがんでいるため機動力は落ちるが)どこにいるか分からなくする。
ある程度正確とはいえ当たるか分からない囮を構えて本命をみすみすと近づけてしまった。
「貴女さえ消えたらもっと楽になるんだけど?」
「あんたがそいつらを離してくれたら楽になるんやけど?」
「流石はヒール。負けても良いように悪役は得意なのね」
「やかましい!負けたくて負けとるんちゃうんや!あと誰がヒールや!」
「どうでもいいわ」
再び銃声がなる。
「うおっ!やっぱ貫通するのは卑怯やろ!」
車の陰で隠れているナツメは抗議の声を上げる。無論、相手がそんなことを聞き入れるはずもない。
「あら?まだ元気なのね、次は頭を狙おうかしら?」
トリガーは戯言を吐いた。最初から殺すつもりで放った銃弾は思ったところに当たらなかった。
ナツメは虚勢を張った。元気な声を上げたが足に穴が空き、そこから血が流れ出る。
「(ドジった、やっぱええ勘しとるわ。うかつに飛び出すとやられかねんわ)」
状況としてはトリガーが圧倒的に有利。ただし、ナツメが人質もろともで車を爆破で吹き飛ばし仕留めんとするなら話は変わってくるが、常識的に考えてそんなことはしないだろう。
ただし、この場には常識から外れた人間が一人いることを忘れてはいけない。
「どっりゃあああ!」
「へ?がっ!?」
人質にかまけて警戒を怠った故にレイの接近に気づかず、振り返るまで顔面に靴底が迫ってくることを見抜けなかった。
思った以上に跳躍し、さらにトリガーの顔面にピンポイントでドロップキックをかましたのだ。
男とは雲よりも軽い生き物である、そう学んできた女性にとってこの一撃のことを聞けば何でもないご褒美に聞こえるだろう。そんな生易しいものではないと、これを食らった者は言う。
多少全盛期から衰えているものの、鍛えている肉体の重量は70㎏を超える。もしもの時のために鍛え直し、この世界の女性の筋肉に対して中位ほどのモノとなっている。
筋肉の塊ほどではないとはいえ、その一撃を喰らったトリガーは大きくよろめく。肉壁にしていた透明化女と人質の男を手放してしまうくらいに。
「この、ガキっ!」
揺れる頭では照準が定まらない。ドロップキックをしたため地面に受け身を取って倒れているレイを正確に狙えず、鼻から流れ出る血を抑えて怒りで顔を真っ赤にしていた。
そうして気を引かれてしまったのがトリガーの運の尽きである。
「頭を狙うんやなかったんか?」
好機と車から身を乗り出し、穴の開いた足の痛みをこらえてへこんだボンネットを自前の筋力で踏みつけ跳躍し、太陽と同じ方角から飛び上がる女が居た。
その名はナツメ・ユキジ、期待のルーキーである!
「いっぺん、くらっときやぁ!」
上空から重力と共に振り下ろされる拳に反応できず、また振り返り見ることしかできなかったトリガーの頬に突き刺さる。
骨が砕ける感触がナツメの拳に伝わる。あえて『異能』を使わなかったのは文字通り殺してしまう可能性があったからだ。正当防衛として許される場面ではあるが、彼女は闘技者としての誇りがそれを許さない。
重すぎた拳を受けたトリガーは地面へ叩きつけられる。もはや、起き上がれる意識も残っていない。
この場で戦意を残っている者はレイとナツメだけ。勝者は決まった。
「さて、後は…………」
「残っとるんは…………」
「「お前だな/あんたやな」」
あまりの恐怖で『異能』が使えずへたりこんでひっそりと逃げ出そうとしていた透明化女は漏らした。
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