第20話

 

「そんじゃ、あんたに聞きたいことがあるんやけど、ええかな?」


「ユルシテ……ユルシテ……」


「そんなに泣くなや。泣いたらあのお兄さんがええことしてくれるで?」


「…………そういや俺を攫おうとした奴もお前と同じ『異能』だったな。指折ったけど」


「ぴゃあああああああ!」


「うわ、ガチ泣きしとる」


「お前たち、気が狂ってるんじゃないか!?」


 トリガーと呼ばれた女を俺が蹴り飛ばし、ナツメさんが殴り潰して高速道路のど真ん中で立ち往生している俺ことレイだ。


 一番危険だろうトリガーは誘拐犯の車に積んであった縄とトリガー自身の服をひっぺがして拘束具代わりにした。


 背中から胸を撃たれた女は助からなかった。即死ではなかったが、肺を撃たれていた為に俺達がトリガーと戦っている間に苦しみながら死んだ。


 雑に扱っているように聞こえるが、まともに治療できる道具もなければ技術もない。いくら相手がクズとはいえ手の施しようがなければどうしようもなかった。


 問題なのはこの2人を殺したトリガーなのだが、服を剥いで装備品も全部俺が預かった為、『異能』を使えても銃がなければ何もできない。


 だから唯一無事な透明化女に尋問を仕掛けるしかない。


「こ、こんなに危ない目にあうならやらなかったのに!」


「やるからにはこういうリスクは付きものなのに、何でやるんだろうな」


「我慢ちゃうか?その点、うちは優秀な方やで」


 しれっとアピールしてきた。思ったよりも好印象なのか?


 よく考えたら普通に銃撃したよな俺。初弾が掠った程度で、後はドロップキックをぶちかましたりしたが。


 うーむ、一応婚活している身ではあるがアウトでは?というか法律的にもこれはいけないのでは?


「何しても許される訳じゃないからな!?だ、だけど今回は別、だと思う、けど」


 誘拐されてまだ震えている男がトリガーを見た。凶悪な指名手配犯が明確な悪意を持って襲い掛かってきたのだ、どんな手段で反撃されても文句はないだろう。


 それに、こいつはクズだ。悪事を働きながらのうのうと生きている、それだけでも反吐が出る。


 仕事人だったら喋る前にナツメを仕留めて俺の足を撃てば済んだ話だ。幸いにもこの世界の『異能』は大々的に発表されているため治療は容易いだろう。闇に潜む組織だ、それくらいの人材の一人や二人はいるだろう。


 自分の欲のために人を殺すことに躊躇していない人間に価値はあるのか?かつての俺も『世界』のために殺しをしていた。いつかロクな死に方をするという予感を抱え、絶望を叩きつけられ、心折られ、言うがままに殺していた。


 仕方ないと言えたのだろうか?今は失った自分の『異能』で誰かを苦しめることしかできなかった俺を、誰が許せるだろうか。


「しっかし、ずさんな計画に始末には大物。どないなっとるんや」


「…………あ、ああ確かに。二人で何とかなったからよかった」


「そ、そうや!うちとレイさんと挟み撃ちやったから何とかなったんや」


「結構、相性いいのかもな」


「あ、あああ、相性いいって、もう告白やん!?」


 あながち間違いじゃない。滅茶苦茶派手に暴れたとはいえ俺がした行動にあまり引かれていなかったことにほっとした。冷静になった後に説教とかないよな?


 1人じゃ危なかったし、ナツメさんと二人でいたから勝利できた…………待て、二人で・・・


 おかしい、俺は遊園地から派手に行動している。何なら今目の前で漏らした透明化女じゃないほうの、俺を攫おうとした透明化女に拷問、じゃなくて尋問した時に奴は大きな悲鳴を上げている。何ならアンデルセンがサイレンを鳴らして大事になっているはずだ。


 無論、公安組織にも連絡がいかなければおかしい。連絡していなければ高速道路のど真ん中でこうしてのんびりしていられるはずがない。追い詰めてからずっと車の一台も、ヘリの一台も姿形も音もない。


 それに、どうやってトリガーがここに現れた?


「まさか、これをずっと見られていた?」


「ん?どうしたんや?」


 そうでなければピンポイントで始末にしに来ない。今ここにいる透明化女は逃走手段に使えるからまだ生かしているというだけで、他の手段を確保していないはずがない。


 それこそ『異能』に瞬間移動するものだってある。俺が知らないだけで裏で存在しているなんて十分にあり得る。


「な、何だ?急にブツブツ言い出して…………」


 では何故援軍が現れない?


 ある意味で宝とも言える男を誘拐されて何もしないはずがない。もしかしたら何処かで妨害されている?


 情報が無さすぎる。大手が潰されたら中小の組織が活発化するとはいえ国レベルの妨害をすることはできない筈だ。


 …………まさか、いや、あり得ない話ではないが。


「君たちがこれやったんですか?」


 最悪なパターンを想像していたら突然俺の知る警察の制服を着た女が目の前に現れた。


「うわっ!いきなり現れんなや!びっくりするやろ!」


「失礼、急いでいたもので」


 カツカツと硬そうな靴の音を鳴らしながらこちらへ近づいてくる。警察がようやく来たとホッとした男は座り込んでいたため上半身をヘナヘナと地面に伏せる。


 守ってくれる、もしくは安全な所へ誘導してくれる人材が来たから安心したんだろう。


 突然現れたという事は瞬間移動系の『異能』を持っているだろう。


「なるほど、貴女がトリガーをやったのですね」


「あ、ああそうや。レイさんの協力もあったんやけど」


「レイさん?」


 トリガーの元まで寄って、徹底的にやられた顔面を見てナツメさんだけがやったのかと思っていたらしい。よく見たら腕に銃弾が掠った跡があるし、銃を俺が持っているためナツメの証言をすぐ信じていた。


 胸を撃たれて死んだ2人と強烈な二撃を受けて未だ気絶しているトリガーに侮蔑の目を向けていた警察は俺をチラリと見た。特に反応は無かったが。


 それよりも俺は聞かなきゃいけない事がある。


「あんた、名前は?」


「えっ?」


「いやあ、素敵だなぁと思って」


「うちが居ながらなんてことを!?」


 本気でショックを受けて膝から崩れ落ち天を仰ぐナツメさんのリアクションは放置して、少し困ったような表情の警察に俺は続ける。


「いやぁ、素敵じゃないですか?状況も説明せず、事情も最低限しか聞かず、最短でトリガーの元へ?怪しいにも程がある」


 状況的に現れるにしても仲間を引き連れて現れる場面だろ。


 大規模な組織の動きならトリガーを回収しに来てもおかしくはない。


 トリガーほどの指名手配犯なら時間的にも始末していい時間だ。だが、万が一があればいけないという事で変装した、そう考えてもおかしくはない。


 だから俺は拳銃を構えた。


「れ、レイさん?まさかあの人もグルって言いたいんか?」


「だろうな、勘がそう告げてる」


「勘て!そんな曖昧な事でソレを向けるんっておかしいんやないか!?」


「間違ったら謝るから」


「謝るで済む話やないで!?」


「正直に言ってくれたら、身体で賄うさ」


「「「ん゛ん゛っ!」」」


 この言葉は3人に刺さった。ナツメさんと警察コスプレ女と、ついでに透明化女が呻き声をあげる。


 思ったよりも刺さったらしい。グググと何かに抗うような、されど欲望に負けそうで俺の方へ手を伸ばそうとしていた。


「ぐ、ぐぐぐぐぐ、トリガー、貴女のせいですからね!」


 パァンッ、と俺が引き金を引いたが、それよりもコスプレ女の方が早くトリガーに触れながら瞬間移動によって消えた。


 弾丸は空気を割きながらアスファルトへ突き刺さる。


「逃したか…………」


「な、なあ、何でそんな簡単にソレ、撃てるん?」


 もっと早く撃てば良かったと後悔しているところにナツメさんがそう聞いてきた。


 …………何故だ?俺は前の世界の時よりも引き金が軽かった?


 何故、どうして?容赦なく撃てたんだ?


 簡単に人を殺そうとした?


「な、何で私が残されるのぉ〜!」


 俺が返答できず固まっていた所に、もはや敵しかいない透明化女がまた泣いた。


 そして今、遠くからパトカーが近づくサイレンがようやく聞こえてきた。

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