第18話

 

 乾いた破裂音、その音を発生させたのはナツメでもなく、誘拐犯でもなく、そしてレイでもなかった。


 誘拐犯の後ろ、つまり彼女達を追いかけて追いついた応援と思われた人物の手に握る物が鳴らした後である。


「ダメじゃないか、こんな所で足止めされちゃあ?」


 その女は澄んだ声で、されど低く獣が唸るような音を響かせる。


 少し離れた距離でも聞こえた声は気になる。だが、誘拐犯の1人の胸が赤く染まる。


「今の音…………まさか」


 スローモーションのように胸を赤く、服を血で染めながら膝から崩れ落ちて倒れる。


「ひいっ!?」


 自分を誘拐した犯人のうち1人が害された事を理解した瞬間、安堵する間も無く死を間近に感じたことに悲鳴をあげる。


 残された誘拐犯も仲間が撃たれたことに数舜認識できず、呆然としている。


 だがレイとナツメの目には手下人を映している。


「いやぁ、そこの馬鹿どもの計画なんて失敗するにと思ったじゃん?そしたら上手く行ったって笑えるよねー」


 ヘラヘラと笑いながら手に持つソレ・・をクルクルと回しながら近づいてくる。


「でも運が無いねぇ、成功したら口添えくらいしようかなーと思ったけど失敗しちゃったら、ね?」


 さも当然のように、自分の体のようにソレ・・を動かす。


 そして、引く。


 乾いた音が再び鳴り響き、また誘拐犯の1人の胸に赤いシミが広がり、そして倒れる。


「レイさん!下りや!」


 その姿を見たナツメは即座にレイを庇うように彼の前に立つ。ナツメの知識上、それも無意味に等しいのだが。


「奴を知ってるのか?」


「あいつを相手にするのはアカン。うちとは普通に相性が悪いんや」


 小さな声で距離がそれなりに離れている誘拐犯とプラスαに聞かれないように話す。


「あいつ、指名手配犯や。『異能』は銃弾を必ず貫通させるらしい、射程距離は知らんけど」


 ナツメから聞いてなるほど、とレイは思った。『炸裂装甲リアクティブ・カウンター』は攻撃された時、または衝撃が加わった時に発動する異能。重装甲だからこそ躊躇なく近づけるものだが、それを無効に等しくするような『異能』を持ち合わせていると。


「君はまぁ、今は生かしておこう。何か役に立ちそうだし?おーい、逆転負けちゃーん?聞こえてるー?」


「だぁれが逆転負けちゃんやコラァ!」


「落ち着いて?」


 分かりやすい挑発に乗っかるナツメとそれをなだめるレイ、と思わせといて二人とも相手に合わせているように見せかけて油断を誘う作戦である。銃を持つ相手に手が無いと思わせる。だが、隙さえ見えたら徐々に近づき殴り飛ばそうとしている。


 実際、ナツメが少し前に出てレイもなだめるふりをしてナツメの服を引っ張っているが少しだけ前進している。決して、力負けしているわけではない。


「今日のところは見逃してよー?なにせ私の居候先が潰れちゃってイライラしてるんだよー!」


「居候先ぃ?あんたみたいな余計なの住ますんに金かかったんとちゃうか?」


「あっはっは、確かに!攫ってきた男をつまみ食いしたから費用は結構掛かったんじゃないかな?」


 その言葉を聞いてレイは思い出した。最近、誘拐をメインにした大規模な犯罪組織が摘発されたことを。


 つまり、目の前で銃を弄りながら透明化の『異能』を持つ女性の隣でへらへらしているトリガーと呼ばれた女は誘拐した男の身を自由にできる立場にいたかなりの権力者。居候と言っていた当たり実際は分からないがそれに似合うだけの実力は間違いなくある。


「外道か」


「心外だなぁ?これでも大人しい方なんだよ?」


「大人しかったらこんなことしないだろ」


「こんなことって何のことかなぁ?」


 銃を握っていない手で透明化女(面倒なので略す)と肩を組んで仲良さそうなアピールをしているが、透明化女は遠くからでもわかるほど顔を青くして冷汗をかいている。人質の男はもう失神寸前で透明化女に支えてもらっていなければ倒れてるだろう。


「仲睦まじそうにしよって、何のアピールや」


「じゃあこっちもイチャイチャしてみるか?」


「そうやな…………って何を言っとるんや!?まだ情も深めてないのに!?」


「そうだな、後ろからハグでもしよう」


「ちょちょちょちょちょ!?」


 突然、ナツメの後にいたレイがナツメと密着して左手をナツメの胴に巻きつけ半分抱きかかえるような形で横から顔を出す。


 突然のイチャコラにナツメは顔から火が出る、いや、ボンッという音と共に頭部が爆発した。


 まさかのギャグのような展開に銃を持ったトリガーはぽかんと目を点にしている。男から絡まれるのはしたことないのか若干うらやましそうにしている。透明化女と人質男はそれどころではない。


「冗談だ。それよりも」


「冗談って、ちょいまち、なんか硬いのが尻に当たっとるんやけど!?」


「当ててるんだよ」


「待て、この状況で勃起しているのかい!?そんなシチュエーションありえない!」


 何が起きているのか分からず、想像だけで銃の女は叫んだ。ナツメの言動からして硬いのが当たってるのは事実だ。


 しかし


「レイさん、これ、マジモン?」


「マジモンだ。奪ったからな」


「…………で、できるん?」


「信じろ」


 二人は何やらぼそぼそと小さく会話している。ナツメの顔は真っ赤になっているままだがこっそりとレイが当てている『モノ』を告げたことで残念なことに勃起はしていないようだ。


 本当は苦い顔をしたいナツメだが、実際に後ろから密着して左腕を腰に回されているためあわあわと感情が混乱したような情けない顔を見せることしかできない。


「え、ええい!うらやましくいちゃつくな!お姉さんの銃口が火を吹いちゃうぞ!」


 何とも言えない脅し文句と共に右手に構える銃をナツメの方へ向けてくる。この銃口を引いてしまうとレイにも貫通して当たりそうだが、彼女も性根は腐っていてもプロ。自分以外の女性が死のうと興味はないが、男性が死ぬのはもったいない。


 だから頭部を狙った。体格差があるからこそ男を傷つけずに狙うには絶好なポイントがあるならそこを狙う。半笑いながら明確な殺意を向けて拳銃の引き金を引く。


「今やぁ!」


 死の銃弾が放たれる寸前にナツメは駆けた。足を思いっきり踏み込み爆発させることで加速、音がなると同時に彼女が居たはずの場所にナツメはおらず、車を射線に入る角度で駆け抜ける。


「ありゃりゃ?避けちゃったか。だけど陰に隠れても私の銃弾は届くよー?」


 一発程度避けられるのは想定内、ただ爆発の力を利用して走っているだけのナツメの予測する走路をトリガーは計算する。


 パァンッ!


 だがその思考よりも早く銃声が鳴る。


「は?ぐっ、あああ!?」


 何が起こったか理解した瞬間、トリガーは叫んだ。


 腕の一部が吹き飛んでいたからである。


 と派手に言ったが二の腕の肉を少しだけ削り取られた『だけ』であるがトリガーにとって最大の屈辱を受けた。


 憎々しい顔で音のした方向を急いで見るとそこに立っていたのは銃弾が頭の上を通り過ぎて、へたりこんだと思っていた男だった。へたりこんだ姿はトリガーの妄想であった、現実であってほしかった。


「外したか」


 こっちには透明化女肉壁が居るんだぞ。男性人質も近くにいたんだぞ。そんな状況で、この距離で、たった一つの『拳銃』で!


「この、私を狙撃するかぁぁぁぁ―――っ!」


 男に撃たれたなんて、怯まずドス黒い覚悟で撃たれたことにトリガーは咆哮した。


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