第17話
エンジンを破壊されて動かなくなった車。最早逃げられないと観念したのか誘拐犯達は車から降りる。
ただし、人質として男を連れていた。
「動くな!こいつが傷物になっていいのか!?」
ナイフを顔の近くまで寄せて脅してくる。今、この場で誘拐犯と敵対しているのはナツメ、レイは先に行きすぎて今はバイクに乗って戻ってきている。
「やっぱ、そうなるよなぁ。ああなるとどうすりゃええんや」
人質を取られるとナツメではなす術はない。接近戦特化かつ暴力さえ降らなければそこらの人間と何の変わりのない彼女ではやれる事がない。
アクション映画のように一瞬で距離を詰めて武器と人質を奪えたらいいが、生憎そんな高等技術はナツメには持ち合わせていない。
「欲張ったのがいけなかった、あんな女男も居るなんて予定外だよ!」
「連絡が途絶えたから…………何で失敗するのさ」
レイが女扱いされているのにナツメは少しだけ顔を顰める。確かに行動力はありすぎて驚く事はあるが、少なくとも正しいことの為に動いているのは間違いない。
見た目も中身もぶっ飛んでるのは間違いないが。
「こうなったら新しい足を用意しろ!」
「出来たらテレポート系の『異能』を持った奴!」
「もうちょっと後部座席で堪能したかったのに」
ちなみに、誘拐犯たちの手口は透明化する『異能』を主体に男性が入ってきそうな場所へ待機。そこにカモがやってきたら拘束して口をふさぎ、「叫んだらどうなるか分かるな?」というニュアンスを耳元で、ぼやかしてはいるがねっとりともっと過激な言葉で囁き抵抗する力を失わさせる。
そのまま外にいる仲間と合流、透明化させた男を大きな旅行鞄にやさしく詰め込んで脱出。センサーを誤魔化す『異能』を持った人間と戦える『異能』を持つ人間の三人セットで行動している。
レイが拷問、もとい尋問した方は透明を再起不能、誤魔化す役は自白した透明により容姿を知られたためあっけなく捕縛、戦闘役は黒服達に取り押さえられ数の暴力にかなわず御用。
故に恐らく誘拐に成功したであろう誘拐犯をレイは追いかけたのだ。
「逆転負け野郎!そこから動くんじゃねえぞ!」
「誰が逆転負けや!運が悪いだけや!」
「本当に…………?」
逆転負けとはいえ、闘技場は命のやり取りをしているというかというと殆どそうではない。公然で殺人をかましてしまうと「前例があった」と言ってキラープレイをしでかす闘技者が現れかねないという危機感はあった。
故に、真面目に戦いながら自分をどのように相手より派手に演出できるか。されど相手を必要以上に傷つけずノックアウトできるかという競技として闘技場がある。
元々、『異能』を持て余した女性がどうやって公的に『異能』を使うかどうか考えた苦肉の策に近い代物であるが、闘技者である彼女らが派手に戦う姿を見ることでその姿を自分に投影、疑似的に『異能』を使うという欲求を解消できるのだ。
無論、それだけでっは足りない者はいるが…………
「ったく、誰も来ないんかいな?こういう時に警察だの公安だの働くべきやろ」
「どの組織も腰は重いもんだ」
ようやく近くまで来てバイクから降りたレイがナツメの隣まで来ていた。バイクのエンジンは鳴らし続いていたためナツメの意識はそこまで集中しておらず、気づいたらいたという状況に心臓が飛び出そうになるほど驚いたのをごまかすことには成功した。
早く鼓動する心臓を抑えながらレイの方をチラリと見た。
ゾッとする目をしていた。
汚いものを見る目、侮蔑する目、馬鹿にしたような目、ナツメは闘技者という多くの目線を受ける職業であるからこそ知っている。前半は初めて出会った男に向けられて心が死にそうになった時のことなのでよく覚えている。
だからこそレイの恐ろしい目は別の意味で心臓に悪い。まるで
だからこそ恐怖した。もちろんだが『異能』を使った犯罪は今目の前で起こっているようにゼロということは無い。その犯罪の中には『異能』を用いた殺人も含まれている。
だが、それらの殆どは自分の『異能』という力を、暴力を持て余し、『異能』に溺れてしまった女性である。力と権力を持った者の末路と言ったところか、ナツメも何人かそういう目をした人間と出会ったことはある。もちろん思い出したくない思い出である。
だというのにレイの眼はまさにその目である。見ているだけで漆黒の瞳に飲み込まれそうな、されど覚悟という決して重くない輝きを秘めていた。
「んー!んー!」
「ちょっと大人しくしろ!もう私達は逃げさえできたらいいんだから!」
「交換条件で何とかなるかなぁ?」
「だからずらかる手段は絶対のものにしようって言ったのに…………」
そんな目に気づかず人質の男、レイと紅茶を飲んだ仲の男と誘拐犯三人は騒ぎ続ける。
本来ならナツメだけでは、レイだけではどうしようもない状況ではある。このまま時間稼ぎで援軍が来るのを待つだけのはず。
「(突っ立っているだけで何とかなる状況のはず…………なのになんやこの胸騒ぎは)」
まだ一波乱あるのではないかというナツメの胸騒ぎは収まらない。
膠着した状況を覆したのは、
パァンッ!
炸裂するような乾いた音だった。
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