第8話
目の前に醜態を見せたことで物凄く焦ってる女性がいる。
そしてここにどうすればいいか分からずオロオロしている男性がいる。
そして何をしているのかと聞かれると、お見合いである。
とりあえず簡単に結婚さえできてしまえば万々歳なのだが、一応相性というものがある。男にとって無理強いだけはさせてはいけないのだ。
「は、初めまして!ナツメ・ユキジで、です!よろしくお願いします!」
「レイだ、よろしく」
「(ややややややっとツキが回ってきたんや!えーと、何か話さなあかん)」
「(やっべ、こういう時に何を喋ったらいいのか分かんねえ)」
「「…………………………」」
両者の間には沈黙が流れる。
「(こういう時は、まず趣味から聞いたほうがいいやんな?資料見たけど抜け多いし、やっぱりいろいろと直接聞かなあかん)あ、そうや。得意料理とかないんですか?」
「………………料理はしたことはなかったな」
「ほんまに?……………あっ、まあ記憶とか抜けとるかもしれんから気にせんでええで」
「い、いや、こちらも気を使わせて申し訳ない……………」
「「…………………………」」
沈黙が再び訪れる。
多少の休憩時間があったとしても、せいぜい不法侵入した先でレトルトを温める程度のことしかないのだから無理もない。
この質問が不発に終わってしまったことからどうにか話題をひねり出そうとナツメ・ユキジは頭を抱え、レイは内心でパニックになっていた。
「(や、やらかした!どう考えても記憶の部分に触れとるやんけ!い、いやまだ挽回のチャンスがある!入院してからのことを聞けばええやん!)」
「(し、しまった!嘘でも練習したいとか言っておけばよかった。おのれこれもすべて『世界の悪意』のせいだ!)」
「あーと、えーと、入院してからなんかしたりとかあります?」
「そう、だな。最近は一人でトランプを……………」
「トランプ!トランプはええよなぁ。賭けやって山札の配列を必死に覚えてから臨むポーカーで勝つと最高よなぁ」
「あー、わかる。(カジノで働くターゲットを殺す)手始めにちょっとやって当たるといい気分になる」
「世間じゃ負け負け言われとるけど賭け事は勝ち越し続けとるで。なんならカジノ行くときにうちの豪運見せつけてやろか」
「それは興味があるな。機会があれば見てみたいものだ」
「レイさんはポーカーが一番得意なんか?」
「どれも同じくらいだ。基本的には負けているんだがな」
「だったらうちと一緒なら相殺していい感じになるかもな!賭けの場じゃうちは目を付けられとるしほどほどに勝ってほどほどに負けられるやろ」
話の内容が賭けでどのようなことをしたのかという品のない話ではあるが、おおむね順調といったところである。
普通、賭けというのは搾取する者とされる者に分かれて荒くれじみた女性が多くやるため男性は敬遠するのである。
しかし、レイはカジノにいるターゲットを殺す暇つぶしとして、あまり楽しむ間はなかったが、まあまあ負けという形でポーカーをやっていたことがあった。
短い時間ではあったが、過酷な生活の中での思い出として妙に残っていた。ちなみに、ターゲットを見かけた瞬間にポーカーを近くにいた者に無理に退室して仕留めた後はすぐに去ったのだが、最後の札がロイヤルストレートフラッシュで大勝ちしていたというオチを残しておく。
俗物的な内容ではあるが、意外にも会話は少し弾んで雰囲気はいい感じとなっていた。
「ロイヤルストレートフラッシュ、一度でいいから出してみたかったものだ。一生分の運を使い切ったじゃあ二度と出ないだろうけど」
「そんなことないやん、人生記憶失ってもまだまだ続く!一緒に歩んでみいひんか?」
「………………一気に口説きに来るとは驚きだな」
「あっ、いやっ、これは、ちゃう、ねん……………」
流れるように口説き文句を言ったことに気づいたナツメ・ユキジの勢いはみるみるうちにしぼんでいった。
これにレイも不要な言葉を言ってしまったと反省した。かつては全てと敵対していたがためにストレートな批判や皮肉ばかり正直に口にしていたことが原因である。
とはいえ、今まで『世界の悪意』というドス黒い邪悪と付き合ってきた彼には大体のことは許容できる。この程度で落ち込むなど緩いものだなと程度しか思わないのである。
まあ、何が言いたいのかというと。
善意に慣れてなさ過ぎて『チョロイン』と化してるのである。
今までがドス黒かった取引や計算づくの悪意など暗い世界からようやく引き上げられた彼に欲はあれど善意で向き合うとコロッといくのだ。
「ナツメさん、時間です」
「えっ、もう面会終わりかいな!?もう2時間経っとる!」
「……………あっという間だったな」
光陰矢の如しとうのはまさにこのこと。両者たのしいと思った時間はレイの言うと売りあっという間に過ぎていった。
「うぐぐ、延長できひん?」
「そういう店じゃないのでダメです」
「せやろなぁ……………」
「また来ればいいさ」
「え、ええんか!?」
「あ、ああ。かまわないけど」
「っしゃあ!」
「ナツメ・ユキジ、強制退場させますよ」
「分かっとる!分かっとるからちったあ喜ぶアクションくらいさせてや」
想像以上に好意的な反応をもらったナツメ・ユキジは非常に、それはもう人生最高と思うほどウキウキな気分で帰っていった。
彼女基準では物凄くいい感じに誘われたのだ、今まで縁のなかった故に次が楽しみなのだ。
一方、レイの近くにいた医師は体よくあしらったなとしか思っていなかった。
一か月ほどレイと接していた医師は、妙な部分で感情が薄く今でもどこか警戒している彼が簡単に心を開くとは思えなかった。
「いやあ、あの子はどうだった?」
「悪くないな。話していて楽しかった」
「そうか……………え、ホントに?」
「え、ホントだけど」
「………………そっか」
もう少し根を詰めて話し合ったら心は開くんじゃないかと医師は天を仰いだ。
見えるのは白色の天井だけだった。
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