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「これって……、三田のお義母様が大切にしている万年筆に似てますね」


「……やっぱり。私と秋山さんが何度も異世界に転移し、何度も現実世界に戻れたのは、私の亡き母の万年筆が異世界と現実世界を繋いでいたからに違いありません。そうでないと、私達が何の後遺症もなくピンピンしてるはずがないのですから。母の万年筆はきっと三田家の奥様が持っているはずです。彼女はそれで私達のことをネタにして、原作を書いたはずです」


 興奮気味の木谷に昂幸は何の話かさっぱりわからなかったが、その乙女ゲームのアプリを見せてもらって、あまりにも自分達の置かれた境遇に似通っていて驚愕した。


 でもそんなバカげた話を信じたわけではない。美波は確かに『赤い薔薇が描かれた美しい万年筆』を所持していたが、両親の話も、木谷夫妻の話も、昂幸の頭に入らないくらい、こんな非現実的で奇想天外なことがあるはずはない思ったからだ。


 そのあとも両親と木谷夫妻はその話で様々な推測を加え話し合っていたが、昂幸は食事を終えると優と二人でカードゲームをして遊んだ。遊びながらも、昂幸は亜子のことで頭の中はいっぱいだった。


 ――そして、昂幸なりにひとつの結論を出した。


 ◇◇


 ―九月、公立渚高等学校―


 始業式と午前中の授業を終え、亜子はいつものように石川愛美いしかわまなみと一緒に下校していた。


 正門に差し掛かった時、もの凄いスピードで自転車が追いかけてきて二人を追い抜き、目の前で急ブレーをかけて止まった。


「きゃあ! 危ないでしょ! よく前を見なさいよ!」


 驚いた亜子と愛美は悲鳴を上げ、亜子は思わず男子に注意する。


 新品の自転車に跨がっている男子は、昂幸だった。


「あっ、ごめんごめん。驚かせた?」


 昂幸はいつもの眼鏡を掛けてはいない。

 

 (コンタクト? 大きな目が私を見つめる。私はドキドキして、真っ直ぐ顔を見れない。)


「かっこいい。見ない顔ね。一年生? それとも転校生?」


 愛美は興味津々に昂幸に話しかけた。

 昂幸はセレブな家庭の生徒が多い名門私立翠光学院めいもんしりつすいこうがくいん大学附属高校のはずだ。でも制服は確かに渚高等学校の制服を着用していた。


「それコスプレですか? 他校に潜入ですか? セレブって暇なんですね。愛美行こう」


「やだ、亜子の知り合いなの? 紹介してよ」


 色めきだつ愛美に亜子はピシャリと言い放つ。


「バカは相手にしないの」


「バカって何だよ。失礼だな。九月から渚高等学校の一年に転入した秋山昂幸だけど」


「はあ? エイプリルフールはとっくに終わりましたけど。ストーカーなら警察に通報しますよ」


「やだな。亜子と訳ありって感じ? 私、お邪魔みたいね。亜子、私は先に行くから、警察に通報する前に、二人でよく話しあったら? この制服は渚高等学校の制服だし、校章も名札もあるし、こんなイケメンを振るなんてもったいないよ。振るなら紹介してね。じゃあね、イケメン君、バイバイ」


「わ、わ、愛美。……待ってよ。違うんだってば」


 さっさと帰る愛美を追って正門を出ようとしたら、亜子の手を昂幸が掴んだ。


「亜子、後ろに乗れよ」


「どうして自転車なの? それ見え透いてますよね? どうせお迎えの車が来るんでしょう」


「そんなの来ないよ。父さんは仕事だし、母さんも仕事だし、田中さんは優のお迎えだしね。俺は自転車通学にしたんだ。初めての自転車通学、自由って感じで楽しいよね」


「嫌味ね。マジで公立に転校したの? どうして? 翠光学院大学附属高等学校と偏差値全然違うのに」


「大丈夫だよ。俺は亜子と違って成績優秀だから。公立からでも国立大学や名門私立大学に合格する自信はある」


「それも嫌味? どうせ私はギリ合格ですよーだ。名門私立から公立に転校するなんて、虐めにでもあったの? それとも何か問題を起こして追い出されたとか?」


「失礼だな。本気でそう思ってる? 俺は亜子と同じ高校で学びたかったから転校したんだよ。亜子がまた他の男子に騙されたら困るしね。亜子は単純だから、すぐ騙される」


「……っ、悪かったわね。でもそれだけの理由で?」


「俺には大きな理由だよ。亜子を守るためにここに来た。これでも警察にストーカーだと通報する?」


「バカ……。バカバカバカ。ドアホ」


「それ、酷くない?」


 亜子の瞳には涙が浮かんでいた。

 昂幸の口元が優しく緩む。


「後ろに乗るの? 乗らないの? 公営住宅まで送るよ」


「タワーマンションの方が近いのに遠回りする気? 本当にバカだね。仕方がない、乗ってあげるわ」


「ありがとう、亜子」


 亜子は自転車の後ろに乗る。昂幸は亜子のぬくもりを背中に感じて、嬉しかった。

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