102
◇
タワーマンションを飛び出した亜子は、勢いあまって道路にまで飛び出しそうになり、昂幸は思わず背後から抱き締めた。
「バカ! 死にたいのか!」
「離してよ! 私の気持ちも知らないくせに! 忘れようとしているのに、どうしてまた私の前に現れるの! 三田ホールディングスの後継者じゃなくても、こんな立派なタワーマンションに住んでるなんて、あなたはどちらにしてもセレブな御曹司なのよ。私とは生活レベルが違いすぎる。離して! 離さないと叫ぶわよ!」
「いいよ。叫べば。亜子が叫ぶなら、俺も叫ぶよ。『亜子が好きだーー!』って、公道で大声で叫ぶけどいい?」
「バ、バカ! 私に恥をかかせないで!」
「亜子にずっと逢いたかったんだ。ずっと捜してた。菊川ホールディングスの令嬢との婚約は断った。将来大学を卒業したら、三田銀行に就職したいと思ってるけど、それは三田ホールディングスの後継者としてじゃない。俺は一行員としてお父様と一緒に働きたいんだ。秋山昂幸でも亜子は俺じゃダメなの?」
「年下のくせに生意気なんだから」
「亜子だって、滝川亜子なのに木谷さんと暮らしてるじゃないか。まさか、お母さんが木谷さんの奥さんだったなんて気付かなかったよ」
「母は昂幸さんのお義母様に声をかけられて、三田家の使用人になり社宅まで与えられたわ。奥様の提案で母は『滝川亜也子』の儀名を使うように言われたのよ。私と名字が違うと、よからぬ噂話をする使用人もいるからと……。祖父母も亡くなり、母の再婚相手は昏睡状態になり、都内の病院に入院していたから、きっと傍にいたかったんだと思う。林檎農園も経営難になり手放したあとだったから、奥様の言葉に甘えさせてもらったのよ。どうして奥様が母に声をかけてくれたのかわらなかったけど、秋山さんと義父さんと何らかの繋がりがあったのかも……」
「そんなこと全然知らなかった。亜子のお母さんの顔を見ても木谷さんの奥さんだったとは思い出せなかったし」
「昂幸さんは事故当時九歳だったんでしょう。記憶になくても仕方がないわ。まさか義父さんと昂幸さんのお父さんが一緒に昏睡状態だったなんて……。しかも二回も。こんな偶然ってあるのかな。まるで小説みたいね」
「そう言われたら不思議だよね」
「でも、私達が付き合うなんてムリ。それくらい昂幸さんだってわかるでしょう。私は先に帰ります。母さんと義父さんにそう伝えといて下さい」
「亜子、どうすればわかってくれるんだよ」
「ムリなものはムリなのよ。それはあなたが一番わかってるんじゃないの。さようなら」
「亜子!」
亜子はそのまま昂幸から遠ざかる。昂幸はそんな亜子の背中を見つめながら、絶対に諦めないと心に誓った。
一人でタワーマンションに戻った昂幸に、木谷夫婦は謝り続けた。
「亜子は私に似て頑固ですみません」
木谷の言葉を亜也子は一喝する。
「こんな時に冗談言わないで。あなたは亜子の実父ではないでしょう。育ててもないわ。似てるところなんてありません。亜子の頑固なところは私譲りかもしれません。きっとそれは……昂幸さんの将来を思ってのこと。あの子なりに昂幸さんのことを考えてのことだと思います。もう少しだけ……亜子をそっとしておいて貰えませんか? 亜子も気持ちの整理がつかないのだと思います」
「昂幸、女性の気持ちはデリケートなのよ。自分の気持ちを押し付けるばかりでは、亜子さんも困惑するわ」
亜也子と美梨に諭され、昂幸は黙ってダイニングテーブルの椅子に座る。田中は昂幸に冷製野菜スープを差し出した。
亜子のことで頭に血が上っていた昂幸は冷たいスープを口に運び、徐々に冷静さを取り戻した。
「田中さんありがとう。目が覚めました。母さん、俺は亜子さんを諦めません。木谷さんそれでもいいですか?」
木谷は満面の笑みで頷く。
「もちろんですよ。昂幸さんと亜子がいない間に、秋山さんや美梨さんと話をしていたところです。トーマス王太子殿下もルリアンを大切に想ってくれました。本当にあの乙女ゲームの世界と殆ど一致してますから」
「トーマス王太子殿下? ルリアン? 乙女ゲームって何の話ですか? 大人同士でゲームの話で盛り上がってたのですか? 信じられないな」
呆れる昂幸に木谷は真顔で話を続けた。
「そうなんですよ。信じられないんですよね。昂幸さんはゲームには興味ないですか? 三田のお義母様が乙女ゲームの原作者なのにプレイしたこともないのですか?」
「お父様にもお義母様にも、ゲームはしないように、見ないように言われていましたから。お義母様の仕事に関しては何もしりません」
「そうですか。これなんですけどね、三田家で見たことありませんか?」
木谷は携帯電話のゲームアプリを開き、メイサ妃が持っている『赤い薔薇が描かれた美しい万年筆』の絵柄を見せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます