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「ゲーム会社は連絡先すら教えてはくれなかったわ。でもゲームの続編をプレイして気付いたのよ。このストーリーが現実世界をモデルに描かれているなら、原作者が今何処にいるかを」


「まさか……美波は……」


「乙女ゲームで美波さんがマリリン王妃だとしたら……。美波さんが三田の再婚相手ではないかと思ったの。三田から再婚相手の名前も職業も知らされていなかったから、すぐに三田に確認の電話をしたわ。もちろん昂幸を返してもらうことが一番の目的だったけど、その前に再婚相手の名前を確かめたかったから。そしたら再婚相手はやはり美波さんだった。そして彼女の職業はゲームの原作者だったのよ。それで全てがわかったわ。三田と美波さんの間に子供はいない。美波さんは修のことが本当に好きだった。修と結婚できないなら、昂幸に私達の過去を誇張して話し、私から昂幸を奪うことを考えたに違いないと。そして昂幸はその言葉を信じて、私達よりも三田ホールディングスの後継者になることを選んだ……」


「そうだったのか……。あの美波が三田さんの後妻に……」


「三田の計らいで、私はカフェで美波さんと二人だけで逢うことができた。でも彼女は修が自分の書いた原作の乙女ゲームの世界に転移しているなんて話を信じるはずはなかった。私の妄想だとバカにされたわ。でも私の動向を探偵を使って調べ、それを元に原作を書いたことだけは認めたの。まだシリーズ2は完結になってなかったから、私は彼女にお願いしたのよ。『乙女ゲームのタルマンの記憶を取り戻せるように選択肢を設定して欲しい』と。彼女は『プレイヤーがストーリーを創り上げるのだから自分は無関係です。それに現実的にも、修がゲームの中に転移したとかバカバカしい。言いがかりにもほどがある』と言い張ったけど、『修の昏睡状態を目覚めさせるためには、それしかないんです』と私が頭を下げ続けたらやっと了承してくれた。『その代わり、昂幸さんの将来は昂幸さん本人に選択させることが条件よ』と……」


「そんなことがあったのか……。美波がストーリーに選択肢を加えたことでタルマンは記憶を取り戻せたんだ。美梨は最終的に【現世に戻る】をまた選択してくれたんだね」


「確信なんてなかったけど。それが最後の賭けだった。でも……修は本当に現実世界に戻ってきてくれたわ。私の推測は妄想なんかじゃなかった」


 (俺と木谷さんを救ってくれたのは、また美梨だった。でもどうして美波の書いた原作の乙女ゲームの中に、俺達は何度も転移してしまうのか不思議だ。何か理由がない限り考えられない。)


「ありがとう美梨。美波に交渉してくれて感謝してる」


「世の中には不思議なことがあるのね。転移だなんて、小説や漫画、映画の世界でしか起こらないと思っていたけど、現実世界にも存在していたなんて。まだ夢を見ているみたい」


 美梨は笑いながら俺にキスをした。

 ビールでほろ苦いキスが、何度も交わすうちに甘いキスへと変わる。


「でも夢じゃない。修はここにいる」


 美梨は甘えるように修に抱き着く。


「美梨、愛してるよ」


「私も……愛してる」


 二人は抱き合ったままソファーに沈む。何度も重なる唇に自然と息があがり、甘い吐息が漏れた。


「レイモンドはこんなに情熱的なキスをメイサ妃にしたの?」


「バ、バカだな。メイサ妃は美梨だ。美波は美梨をモデルに原作を書いたんだから」


「そうかしら? メイサ妃はメイサ妃よ。修、レイモンドになったことをいいことに、浮気したでしょう。メイサ妃を何度抱いたの?」


「だからあ、あれはレイモンドで俺じゃないってば」


「でも乙女ゲームのレイモンドの魂は一時的に修だったことは確かだわ。私が気付かないと思って浮気したでしょう。許さないんだから」


 美梨はそういいながら、修に馬乗りになり何度もキスをした。修は美梨のヤキモチに応えるように、何度もキスに応じた。


 七年離れていた間に、修と美梨の愛情はさらに強いものとなっていた。


 ドアがノックされ、修と美梨は慌てて離れる。ドアが開き、田中と優の姿があった。優は自分の枕を両手でしっかり抱きしめている。


「もしやお取り込み中でしたか? 美梨様、洋服のボタンが外れてますよ。実は優坊ちゃんがどうしても今夜はお父さんとお母さんと一緒に寝たいそうです」


 (お取り込み中とは、まるでローザ・キャッツアイみたいだな。田中もカンは鋭いようだ。)


 修は苦笑いしながら、両手を広げた。


「優、おいで! 今夜はお父さんとお母さんと三人で寝よう」


「わーい! お父さん! 大好き!」


 優は枕を放り投げ、修に抱き着いた。修と優が離れ離れになった時、優は僅か四ヶ月の赤ちゃんだった。父親の記憶も覚えてないのに、こんなに慕ってくれることが嬉しかった。


「優、大きくなったな。美梨、田中さん、良い子に育ててくれてありがとうございました」


 重くなった優を抱きしめながら、修は美梨と田中に育ててくれた礼を述べた。

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