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「ここは警察官の私に任せて、トーマス王太子殿下、トルマリンさんも早く逃げて下さい」
「ルリアンを置いてそんなことできないよ! その腕時計が外れないように小細工したのはポールだ。ルリアンもう時間がない行くぞ!」
トーマス王太子殿下はガーディアン警部の言葉を無視して、ルリアンの手首を掴んで二階のバルコニーから飛び降りた。二階のバルコニーの下には水を張ったプールがあった。
二人はプールに飛び込みずぶ濡れになりながらも、互いの無事を確認する。
「もう時間がない爆発するわ! トーマス王太子殿下、早く逃げて!」
ルリアンはトーマス王太子殿下の腕を振りほどく。
「死ぬ時は一緒だ。ルリアンを一人で死なせない!」
「……トーマス王太子殿下」
トーマス王太子殿下はルリアンを抱きしめた。もしも腕時計が爆発したら、二人の命はないだろう。
――爆発、三十秒前。
「この時計は正確だからね。どうせ死ぬなら、ルリアン最期にキスさせて欲しい。ルリアン好きだよ」
「こんな時にバカなこと言わな……」
ルリアンの唇をトーマス王太子殿下は優しく塞いだ。残り時間は数秒……。
――ザバーン!! プールの水が激しい水飛沫を上げて飛び跳ねる。
(ついに爆発した! この世の終わりだ。)
トーマス王太子殿下とルリアンが死を覚悟した時、プールの中からヌッと顔を出したのはゲジゲジ眉毛のタルマンだった。
「私の娘にキスをするとは。トーマス王太子殿下でも許しませんよ!」
「はっ? トルマリン? ルリアン時間は?」
ルリアンは時計に視線を向けた。
「もう爆破時刻は過ぎてます。これはどういうこと? 私達はもう死んだの? 天国でもプール?」
トーマス王太子殿下とルリアン、タルマンはずぶ濡れのまま互いの顔を見合わせた。
すでに死んでしまったのか、それすら判断できないくらいパニックになっている三人のプールサイドにローザがゆっくりと現れた。
「おやまあ、パープル王国の王位継承者がバルコニーからダイブするとは。なんと無謀な。先ほどポールが吐きました。小型爆弾を腕時計に仕掛けた話は嘘だそうです。みんなを恐怖に陥れるために、腕時計を装着したら外れないように小細工しただけのようです。そうすればみんなはルリアンを見捨てる。人なんて所詮自分の命が一番大事で、他人の死など非情だと。でもまさかトーマス王太子殿下とトルマリンさんが邸宅に侵入し、ルリアンさんを命がけで守ろうとするとは。ポールも想定してなかったようです。三人とも立派でしたよ。さあ、もう水遊びは終わったでしょう。プールからお上がり下さい」
ローザとエルザはバスタオルを持ち三人を見つめた。警察官にプールから引き上げられた三人は白いバスタオルにくるまれ、ホッとした様子だった。
「ローザさん、ポールさんは?」
危険な目に遭わされたのに、ルリアンはポールを気づかった。
「ポールはもう覆面パトカーの中です」
ルリアンはそれを聞いて、バスタオルを体に巻いたまま走り出した。ポールの乗っていた覆面パトカーに近づき、ポールに語りかけた。
「あなたのしたことは許せないけれど、あなたは私を殺めるチャンスもメイサ妃を殺めるチャンスもいくらでもあったのにそうしなかった。あなたの心にはまだ良心が残っている。お父さんのしたことを認めたくない気持ちもわかるけど、お母さんの話をちゃんと聞いてあげて欲しい。そして自分の犯した罪と向き合いちゃんと償って……。あなたはそれができる人だから」
ポールは無表情で前を向いたままルリアンと目を合わせようとはしない。
「……君はどこまでもお人好しなんだな。私の恋人はトリビアだ。君なんて好きじゃない。善人を演じて利用しただけだよ。私を憎めばいい。その方が心が楽になる。私はアリトラの血を引く犯罪者なんだから」
「違うわ。あなたは悪人なんかじゃない。あなたはお母さんから愛されて育ったはず。王室研究部で事件を知ったんでしょう。その事実を受け入れられず、歪んだ解釈をしてしまっただけ」
「私は君みたいに純粋ではない。仮面を被った悪人だ。さようならルリアン。ガーディアン警部、早く車を出して下さい」
車窓がゆっくりと閉まる。
その時、ポールの目に涙が光ったのをルリアンは見逃さなかった。
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