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「そうですよね。わからないですよね。私達だってわからないんですから。ただひとつだけ覚えていて欲しい。私達が一時的に消えても、この世界には必ず本物のレイモンドとトルマリンは存在するということです。どうか……ルリアンのことを宜しくお願いします」


 ローザはカーチェイス並の運転をしながら、トルマリンに忠告する。


「そんな話はメイサ妃やルリアンさんを救出してからにして下さい。さらにスピードを上げますよ。二人ともしっかり掴まっていて下さいね」


 車のタイヤはキーキーと悲鳴をあげながら前の車を追い越しながら猛スピードで進む。ハンドル操作を誤れば三人とも死に直面しそうだ。


 国境の関門を通過し車はレッドローズ王国へと入った。ローザはブラックオパール邸に近付くにつれ、徐々にスピードを落とした。


 ブラックオパール邸の周辺には、スポロンから連絡を受けた州警察の覆面パトカーが数台停まっていて、警察官が隠れて様子を見守っていた。


 ローザは車を停車し二人には車に残るように指示をして、運転席から降りた。直ぐに警察官数名に取り囲まれたが、『ローザ・キャッツアイ』と名乗ると私服警官がローザに敬礼した。


 トーマス王太子殿下は車窓からその様子を見て、なぜ私服警官がローザに敬礼するのかわからず驚きを隠せない。


 そっと窓ガラスを少し下げ私服警官との会話を盗み聞く。


「邸宅内の様子は?」


「ローザさんの知人と嘘をつき訪ねてみましたが、若いメイドは落ち着いた様子で室内は変わった様子はありませんでした。本当に何者かがメイサ妃の命を狙っているのでしょうか? 踏み込むことも考えましたが、万が一のことも考え、一旦待機してます」


「若いメイド? それは十代くらいですか?」


「はい黒髪の若いメイドです」


「それはブラックオパール家のメイドではありません。ブラックオパール家のメイドのエルザは金髪です。対応したメイドはパープル王国の使用人の娘、連れ去られた女性に違いありません。だとしたら、メイサ妃やご主人様、御子様や他の使用人は犯人に拘束されている可能性があります」


「……なんと。直ぐに踏み込みましょう」


「それではみんなの命に危険が及ぶ可能性があります。私は当屋敷の侍女です。鍵なら持っております。あなたは私の知人ということで一緒に屋敷に戻りましょう。他の警察官は発砲音がするまで待機して下さい。犯人は未成年です。手荒なことはしたくありません」


「わかりました。他の者は合図があるまで待機。ローザさん、これを」


 私服警官はローザに拳銃を渡した。ローザは拳銃をメイド服の裾を持ち上げ腿のガーターベルトに差し込んだ。


 トーマス王太子殿下はローザの老け顔とは反比例する美しい足に一瞬違和感を抱いた。


 ローザは何食わぬ顔で、男性私服警官と一緒に玄関に向かいドアの鍵を開けた。二人は顔を見合わせ目で合図を交わし室内に入った。


「トルマリンさん、ローザは何者なの?」


「さあ? 私にはわかりませんが、有能で勇敢な侍女であることは確かです。ルリアンが危険な目に遭っているのに、私がここでじっとしているわけにはいきません。邸宅の裏口があるはずです。ルリアンを救出に向かいます。トーマス王太子殿下は車中にてお待ち下さい」


「ルリアンが危険な目に遭っているのに、私がここでじっとしていられるはずないだろう。私も行くよ。警察官はみんな邸宅の正面に気を取られている。車から抜け出し、邸宅の裏口から侵入しよう」


「トーマス王太子殿下、ルリアンのために命をかけて下さると? レイモンドさんにそっくりですね。あの日のレイモンドさんもメイサ妃のために命がけで救出に向かいましたから」


「父さんが母さんのために?」


「そうですよ。トーマス王太子殿下の父レイモンドさんは最初は三十点でしたが、百点満点の勇敢な男でしたよ。あはは。さあ、静かに車を降りて下さい。私のあとに続いて下さい」


 トルマリンは豪快に笑い、慌てて自分の口を押さえた。義父と思っていたレイモンドが実父で、しかもトルマリンまで『三十点』発言をするとは、ルリアンと血の繋がりははなくても二人は親子だとつくづく感じた。


 (そして自分も……。

 この体には父の血が流れているのだ。)


 トルマリンとトーマス王太子殿下は静かに車のドアを開け、身を屈めて車から降りた。警察官に見つからないように、邸宅の裏側に回り裏門を探し柵を乗り越えた。

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