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「ご主人様のご子息ならそう仰ると思っていましたよ。さあ、のんびりしている暇はありません。参りますよ!」
ローザはトーマス王太子殿下に応接室の本棚の裏に隠された部屋のドアを開けるように命じ、秘密の地下通路を走り抜けた。数十メートルもの地下通路を疾走する姿はトーマス王太子殿下よりも速く、まるで獲物を追う獣の如く勇ましかった。
トーマス王太子殿下は息を切らしているのに、ローザの呼吸は乱れていない。
(高齢なのに、ローザの体はどうなってるんだ?)
トーマス王太子殿下はローザの身体能力に目を見張る。宿舎の地下駐車場にはトルマリンが待ち構えていた。
「ローザさん、私が運転致します」
「トルマリンさん、公務のお伴ではないのですよ。運転は私が致します。トルマリンさんは助手席に。トーマス王太子殿下は後部座席に。しっかりシートベルトを着用して下さい。ぶっ飛ばしますからね」
「ローザが車をぶっ飛ばす?」
トーマス王太子殿下は思わず声を出す。
ローザはアクセルを思いきり踏み込んだ。地下駐車場から公道に出る。助手席に乗っていたトルマリンの顔が恐怖に強張っている。
「ひいいいーー!! スピード違反で捕まる前に電柱に激突して、三人とも死んでしまいますよ。私はいいですが、トーマス王太子殿下を巻き添えにしたら一大事ですよ」
「私の運転にケチをつけるおつもりですか? 私はトルマリンさんみたいにヘマはしません」
車は猛スピードで走り、前を走る車をどんどん追い抜いていく。トルマリンはそのたびに恐怖の悲鳴を上げた。
――その時だった。
トルマリンに異変が起きたのは……。
猛スピードで走り抜ける車の助手席で、両手で頭を抱え込んだ。
――『お客さん、そろそろ目的地に戻りましょうか。タクシー料金はお高いですよ。料金メーターはぶっ壊れましたが、元の世界に無事に戻れたらいいですけどね。はははっ』
『そうですね。戻りましょう』
トルマリンの脳裏に記憶の断片が蘇る。
トーマス王子誘拐事件、メイサ妃誘拐事件が解決後、タクシーの助手席に乗り込んだのはレイモンド。自分はレイモンドにシートベルトを着用するように命じると思いきりアクセルを踏み山林を出て公道を暴走した。
そして計画通り、車もろとも大破したのだ。
◇
「わ、私は一体何を……」
「キダニさん、思い出しましたか」
「ここは何処ですか!? 私の妻は……!? 秋山さんは!? 美梨さんや子供達は!?」
トルマリンの異変にトーマス王太子殿下は戸惑いを隠せない。トルマリンが自分の知らない名前を叫んでいたからだ。
「あなたは十七年前、異国からこの世界に来たのです。五年間滞在し、トーマス王子誘拐事件で事故により元の世界に戻り、五年後再びこの世界に戻りました。あなたがどうして異国とこの世界を行き来できるのか、私にはわかりませんが、スポロンがトーマス王子とメイサ妃をお迎えに行く前に、キダニさんはご
「私はこの世界ではタルマン・トルマリン。それならばナターリアとルリアンは私の妻子。でも私はキダニで現世には妻とその連れ子が……」
トーマス王太子殿下は何の話かさっぱりわからなかったが、トルマリンがあの時の『おじちゃん』だったことだけはハッキリとわかった。
「やっぱりトルマリンさんが『おじちゃん』だったのですね」
「トーマス王太子殿下……。あの時の王子がなんと立派になられたことか。今までの私は過去の記憶をなくし、ご無礼の数々をお許し下さい」
「記憶がなかったんだ。それは仕方ないです。それより異国とか現世とかどういう意味ですか? トルマリンさんの本名はタダシ・キダニなのですか? だとしたらルリアンは……?」
「こんな話をトーマス王太子殿下やローザさんに話してもきっと理解されないでしょう。私はトーマス王太子殿下の実父であるレイモンドさんと異国から転移して参りました。私にもレイモンドさんにも現世では別の名前があり、この世界と同じように妻子もいます。この世界と現世はとても時系列が似ています。私の記憶が戻った以上、ルリアンを救出後は私とレイモンドさんは現世に戻らなければいけません。でも心配しないで下さい。私達の魂は現世に戻りますが、トルマリンもレイモンドもこの世界から消えることはありません」
「転移とか魂が現世に戻るとか、幽霊みたいなことを言ってもわからないよ」
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