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「私は意気地無しだ。怖くて母からの手紙が読めない。ルリアン、一緒に読んでくれないか?」


「御生母様からのお手紙……」


 トーマス王太子殿下はポケットから手紙を取り出し、ルリアンに渡した。


「私が読んでも宜しいのですか?」


 トーマス王太子殿下は大きく頷く。

 ルリアンは手紙を開封し、メイサ妃直筆の手紙を広げた。それは数枚にも及ぶ長い文章だった。


 『愛するトーマスへ』で始まる文章には、メイサ妃がまだサファイア公爵令嬢だった頃に、執事のレイモンド・ブラックオパールに一方的に恋心を抱いていたことや、パープル王国のトム王太子殿下との婚約が整ったあとに、レイモンドに想いを伝え駆け落ちをするつもりで、サファイア公爵夫妻にトム王太子殿下との婚約解消を申し出たが、その日のうちにパープル王国へ連れて行かれ、レイモンドには別れを告げることすらできなかったことや、そののちに懐妊を知り、胎児の命を守るためにトム王太子殿下の子供であると嘘を突き通したこと。そのことはレイモンドは全く知らなかったことなど、赤裸々に書かれていた。

 ただ、真実がわかったあともトム王太子殿下の愛情は何ひとつ変わることはなく、メイサ妃もトーマス王子も愛してくれたこと。それに応えられなかったのは、全てメイサ妃自身の心の問題で、トム王太子殿下には何の責任もないことだとも綴られていた。

 そして最後に……。

 『私は罪深き女性です。トーマスの実父であるレイモンドを愛し、トム王太子殿下をも愛し、二人の人生も、愛するトーマスの人生をも変えてしまいました。どうか私を許して下さい。偽りから始まった御成婚でしたが、トム王太子殿下の深い愛情にいつしか私もトム王太子殿下を愛するようになりました。

 苦しい政略結婚だと思いこんでいましたが、トム王太子殿下との結婚に悔いはありません。トーマスを授かり生んだことにも後悔などありません。トム王太子殿下とは離縁することになりましたが、その後レイモンドと再婚したことにも後悔はありません。私は二人の男性を愛し、愛されたことに後悔はありません。こんな私を許せないと言われても当然です。でも私はどんなに憎まれてもトーマスもユートピアも心から愛しています。トーマスの選択する人生を否定はしません。あなたがどのような人生を選択しても、私はあなたの母であり、レイモンドは父であり、トム国王陛下もまたトーマスの父なのですから。

 ただ人生の岐路に立ち悩み苦しんだ時は、いつでも父と母の元に疲れた羽を休めに戻ってきて下さい。私達はずっとあなたを見守っています。私達は家族なのだから。

 メイサ・ブラックオパールより』


 手紙を読み終えたルリアンは泣いていた。

 トーマス王太子殿下も泣いていた。


「トーマス王太子殿下はお幸せですね。御生母様にもお父様にも、国王陛下にも愛されて」


「この私が幸せ?」


「そうです。この手紙には御生母様のお気持ちが全部書かれています。私は女性だから、とてもよくわかります。御生母様は執事に恋をした。でもその恋は周囲に反対され結ばれなかった。でもトーマス王太子殿下はちゃんとこの世に生を受けた。それは御生母様と国王陛下の深い愛情に守られていたからこそ。そして御生母様がお父様と再会され、長い時を経て結ばれたことは、それが偽りの恋ではなく本物の愛だったからです」


「本物の愛……」


「羨ましいです。身分の差を乗り越えて、本当に愛した人と再会し結ばれたメイサ妃が……。私にはそんな勇気はありません」


「ルリアン……」


「私はトーマス王太子殿下のお幸せを心より願っています。どうかピンクダイヤモンド公爵令嬢とお幸せになって下さい。さようなら」


 ルリアンはブランコから降りると、トーマス王太子殿下に一礼し、後方に立っていたローザにも一礼し、そのまま走り去った。


 トーマス王太子殿下はその場から動けなかった。ローザがトーマス王太子殿下に近付く。


「彼女を追いかけなくても宜しいのですか?」


「追いかけたところで、何も変わらないよ。ルリアンは私のことなんて好きではないんだから」


「その鈍感なところは、ご主人様レイモンドにそっくりでございますね。意気地がないと申しますか、女心がちっともわかっていない。このままではメイサ妃の二の舞になりますよ。侍女である私が王太子殿下にどうこう申し上げることもございませんが。イライラいたします」


 ローザは呆れたように、口をへの字に曲げた。


「無礼者。イライラするとはなんだ。私はルリアンに何度も振られているんだ。これ以上どうすればいいんだよ」


「それもお分かりにならないと? それならば、国王陛下とマリリン王妃の決められたピンクダイヤモンド公爵令嬢と御婚約をして、青年王族になられたら御成婚されたらよろしいのでは?」

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