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「煩い、黙ってろ。人の話を盗み聞きしたあげく、イライラするとは無礼千万。もう王宮に戻る」


 トーマス王太子殿下はローザに鋭い指摘を受け、自分の不甲斐なさを悔いていた。そして自分をいつまでも子供扱いし、誰も口にしない小言をいうローザに怒りよりも、内心は感謝していた。幼少期にメイサ妃やローザに叱られていたことを思い出したからだ。


「はい、はい。王宮に戻りましょう」


 トーマス王太子殿下は使用人宿舎に通じる裏門ではなく、王宮の正門からローザと入る。警備員はトーマス王太子殿下が外出していたことに驚き慌てて門を開いたが、ローザを制止した。


「あなたはどなたですか。王宮関係者以外立ち入り禁止です」


 警備員に止められたローザに、トーマス王太子殿下がこう告げた。


「この者は本日付けで私の侍女になったローザ・キャッツアイだ。国王陛下の人事を知らないのか」


「トーマス王太子殿下の侍女……。王宮では見ない顔でしたので申し訳ございません。ローザさん、どうぞお入り下さい」


「本日よりトーマス王太子殿下にお仕えするローザ・キャッツアイです。元はメイサ妃の侍女でしたが、王宮に長居は致しませんゆえ、ご安心下さい」


 ローザは警備員にチクりと嫌味を言いながらも、トーマス王太子殿下が自分を侍女だと認めてくれたことが嬉しかった。


 ◇


 ―翌日・夕刻―


 日が沈みかけた頃、タルマンからスポロンに電話があった。


『スポロンさん、トルマリンです。娘が朝、王立図書館に出掛けたきり、昼食にも戻らず、今も帰宅していません。もしかして昨日のようにトーマス王太子殿下と外で逢っているとか、王宮にお邪魔しているとか、そのようなことはございませんか?』


「ルリアンさんですか? トーマス王太子殿下は本日は自室にいらっしゃいますが。ご友人と会食でもされているでは?」


『ルリアンが昼食にも戻らず、こんなに長時間外出することは考えられません。まだパープル王国に来て間もなく、ハイスクールに転入してもいません。ルリアンに友人がいるとは思えないのです』


「わかりました。一応私からトーマス王太子殿下に聞いてみましょう。何か知っておられるかもしれません」


『宜しくお願いします』


 タルマンは平生のルリアンの行動から、こんな時間まで帰宅しないことに不安を感じていたが、昨日も夕刻にフラリと公園に出掛けたあと、トーマス王太子殿下と逢っていたことはわかっていた。だが帰宅後のルリアンの様子を見てかなり気持ちが沈んでいたことが気がかりだった。


 スポロンは直ぐさまトーマス王太子殿下の部屋に向かった。応接室のドアをノックすると、ローザがドアを開けた。


「トーマス王太子殿下は自室におられますか?」


「はい。いらっしゃいますが。何か?」


「先ほどトルマリンより電話があり、朝、王立図書館に出掛けたルリアンさんがまだ帰宅しないとの連絡がありました。今日はトーマス王太子殿下と逢ってないですよね?」


「今日は外出されていません。もう午後六時ですよ。朝から帰宅しないとは。年頃の女性ですから、友人と久しぶりに会食でもされているのでは?」


「私もそう申しましたが、まだパープル王国に来たばかりで、ハイスクールにも転入していないので友人はいないとのことです」


「……それは心配ですね」


 ソファーに座って本を読んでいたトーマス王太子殿下が、スポロンとローザの話を聞いて立ち上がる。


「ルリアンには付き合っている男子がいる。王立図書館でいつも逢っているようだ。名前はポール・キャンデラ。その男子と一緒なんだろ」


「ポール・キャンデラ? キャンデラ……? どこかで聞いた名ですね。そう言えば、サファイア公爵家のシェフにモリス・キャンデラという女性がいました。シェフ専用の宿舎に住み込みで働いていましたが、突然退職しました。あの時、彼女は妊娠していたのではないかと噂になりましたが……。まさか、モリスの息子? トーマス王太子殿下、ポール・キャンデラのハイスクールは?」


「公立パープルワンハイスクールだと、ルリアンから聞いたけど。そのモリスさんが何か?」


 ローザは血相を変えてスポロンにこう指示をした。


「マリリン王妃の侍女トリビア・カルローをここに呼んで下さい。トリビア・カルローは確か公立パープルワンハイスクールの卒業生です。ポール・キャンデラとは学年は違いますが、面識はあるかもしれません。スポロン、大至急トリビア・カルローの履歴書を見せて下さい。両親の名を確認したいのです。もしかしたら、私は大変な間違いを犯したかもしれません。鶏を殺害した犯人の真の目的はトーマス王太子殿下ではないかもしれません」


「真の目的!? 大至急トリビアをここに呼びます」


 スポロンは慌ててトーマス王太子殿下の応接室を飛び出した。

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