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 スポロンとローザは使用人専用のエレベーターに乗り込む。


「一年ほど前でしょうか。トリビアはメイドとして雇用されました。ハイスクールを卒業したばかりでした。成績優秀で知識も豊富で忠誠心も強く、マリリン王妃と出身地も同じで境遇もよくにており、マリリン王妃もトリビアをとても可愛がり信頼するようになりました。メイドから僅か一年でマリリン王妃のお付きの侍女になりましたが、私には何故か解せない。他に勤続年数も長く有能なメイドはいたのに、まだ若いトリビアを侍女に指名されるとは。国王陛下も当初は年功序列を重視し他のメイドを侍女にするようにと反対されていましたが、結局はマリリン王妃に押し切られたようです」


「出身地も同じとは、トリビアさんはレッドローズ王国出身なのですね」


「そのようです。三階がトーマス王太子殿下の応接室と寝室になっております。ローザさんはその隣室のゲストルームをお使い下さい。その前に、先ずはトーマス王太子殿下にお目通りを。トーマス王太子殿下はさぞ驚かれることでしょう」


 スポロンはトーマス王太子殿下の部屋をノックしてドアを開ける。トーマス王太子殿下はバルコニーに出て庭を眺めていた。ご出産から幼少期までトーマス王子の元教育係だったローザには、その背中から痛々しいほどの寂しさが伝わり心が締め付けられた。


「トーマス王太子殿下、本日付けでトーマス王太子殿下の侍女になりましたローザ・キャッツアイです。短い期間ではありますが宜しくお願いします」


「はっ? ローザ? どうしてローザがここにいるんだよ。それに私の侍女とはどういうことだ。私は認めないからな。今すぐレッドローズ王国に戻れ」


 ローザはトーマス王太子殿下の態度に怯むことなく笑みを浮かべた。


「まあまあトーマス王太子殿下、そんなにつれなくしなくとも、先ほどパープル王国に着いたばかりなのですよ。年寄りは労るものです」


「ローザがここに来たのは、あの鶏が殺害されたからか」


「はい。メイサ妃より犯人が捕まるまでトーマス王太子殿下のお傍にいるように命じられました。これはメイサ妃からトーマス王太子殿下へのお手紙でございます」


 ローザは跪きメイサ妃の手紙を差し出したが、トーマス王太子殿下はそれを取り上げると読むことなく上着のポケットに突っ込んだ。


「まだふて腐れているのですか? その強情なところはメイサ妃にそっくりでございますね。離れていても日増しにメイサ妃によく似てこられる。親子の血は争えませんね」


「ローザ、私の父は国王陛下だ。血の繋がりはなくとも国王陛下だ。わかってるな」


「わかっておりますとも。メイサ妃もちゃんとご理解はされております。ですが、トーマス王太子殿下の体にはメイサ妃とプラックオパール氏の血が流れているのも真実でございます。それだけはお忘れないように」


「煩い煩い煩い。ローザは口煩いのだ。わざわざ王宮に乗り込んで来たということは、あの鶏殺しの犯人は王宮内にいるとそう思っているからなのか」


「それはわかりません。ですが私のお役目はトーマス王太子殿下の身の安全を守ることでございます。国王陛下からも許可を頂きました。隣室のゲストルームを使用させていただきます。ご用がある際、またお庭を散歩される際も私にお声を掛けて下さい。外出時には護衛も増やすつもりです」


「庭の散歩すら一人でできないのか。バカバカしい。鶏殺しの犯人が私の命を狙うと? スポロン、ローザにはレッドローズ王国に帰ってもらってくれ」


「それはできません。国王陛下のご命令ですから」


「見張られて暮らすのはウンザリなんだよ」


 トーマス王太子殿下はそのまま部屋を飛び出す。ローザは直ぐにそのあとに続いた。スポロンも慌ててあとに続く。


「金魚の糞みたいについてくるな」


「いいえ、何処までもついていきますよ。このような時間にどちらへお越しですか?」


「いちいち報告する筋合いはない」


 トーマス王太子殿下はエレベーターで一階に降り、エントランスを抜けて玄関を出る。王宮の庭を横切り、使用人宿舎の方向に突き進んだ。


 行き先は使用人宿舎のトルマリン家だろうとローザは推測し、スポロンには自分に任せて欲しいと伝え一人であとをついて歩いた。


 使用人宿舎三階に向かったトーマス王太子殿下は、躊躇することなくトルマリン家のドアを叩いた。


 ドアは直ぐに開き、タルマンの妻ナターリアが顔を見せ、トーマス王太子殿下を見て仰天している。


「ト、ト、トーマス王太子殿下。こんな時間にどうされたのですか? 何か主人が粗相を? あなた、あなた、トーマス王太子殿下がお越しです」


「トーマス王太子殿下!?」


 タルマンは入浴したあとだったのか、下着姿のまま飛び出してきた。


「トーマス王太子殿下! ローザさん!? どうされたのですか?」

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