78
◇
―レッドローズ王国―
ブラックオパール邸の電話が鳴ったのは、夜のことだった。電話に出たのはローザだった。
「ブラックオパール家の侍女ローザでございます」
『ローザさんですか。ちょうどよかった。私はパープル王国の王宮使用人タルマン・トルマリンです』
「これはトルマリンさん。記憶が戻ったのですか?」
『いえ、そうではありません』
「まだダメですか? ではこちらに訪問していただけるのですか?」
『そうではありません。実はローザさんから譲り受けた鶏をトーマス王太子殿下にお届けしましたが、深夜何者かに殺害されたことが今朝方判明致しました。王室警察も動いていますが、まだ犯人は捕まっていません』
「何ですと? あの鶏が殺害されたと? これはただ事ではありません。小動物への殺意はいずれ人間に向かう事例もございます。私からスポロンに連絡し、トーマス王太子殿下の護衛を強化させます。トーマス王太子殿下は気落ちされていませんか?」
『たいそうショックを受けられ、痛々しいくらい気落ちされています』
「そうですか……。こちらでも何らかの対応を考えます。トルマリンさん連絡ありがとうございました。記憶が戻ったら、是非またご連絡下さい」
『……それは無理かと。私はタルマン・トルマリンでローザさんのお捜しのタダシ・キダニではありませんから』
「そうですか。それは残念です」
『せっかく譲り受けた鶏を死なせてしまい申し訳ありませんでした』
「それはトルマリンさんの責任ではありません。外部の犯行ならば、侵入者を許した警備上の問題があります。内部の犯行ならば、身の毛もよだつゆゆしき問題です。あとは私とスポロンにお任せ下さい」
『はい。宜しくお願いします。失礼します』
ローザは電話を切り、暫く考えあぐねていたが、直ぐさま二階にあるメイサ妃とレイモンドの応接室に向かい、この件を報告をした。メイサ妃は明らかに動揺している。動揺しているメイサ妃の手をレイモンドは優しく握りしめた。
「あの鶏が殺害されたと? ただの悪戯ではすまされません。犯人はトーマスが可愛がっているということを知っていたはず。明らかにトーマスへの嫌がらせです。ローザ、トーマスは大丈夫でしょうか。出生の秘密を知り精神的にも心を痛めたばかりなのに……」
「メイサ、大丈夫だよ。トーマスは強い子だ。それに王室警察も動いているなら、すぐに犯人も捕まるだろう」
ローザが言い辛そうに言葉を絞り出す。
「これはメイサ妃に申し上げるべきか迷いましたが、こちらに訪問された際に同行していた若いメイドに恋心を寄せられているようです。それなのにマリリン王妃はトーマス王太子殿下にピンクダイヤモンド公爵令嬢との婚約を強引に進めているようで、国王陛下もそれに従っているようです。国王陛下はお優しい方なので、マリリン王妃の言いなりのようですね。そのようなことも重なり、訪問された時にかなり荒れておられたようです」
「まだ十六歳になったばかりなのに、もう婚約だなんて。ずいぶんマリリン王妃も焦っているようですね。私とレイモンドのことでは辛い想いをさせましたが、その後は私の気持ちを察し、従順に仕えてくれていたのに」
「それはメイサ妃とご
「マリリンはそんな女性ではない。もしもそうだとしたら、彼女をそうさせたのは全て私の責任だ」
「ご主人様は女性に甘いですね。あの誘拐事件にマリリン王妃は関与してないと警察も判断し無罪放免となりましたが、アリトラは射殺されゲイトも事件後に死亡し、真実は闇の中ですから。事件に加担していなくとも、トーマス王子のスケジュールなら、マリリン王妃はわかっていたと思います」
「ローザ、マリリン王妃がトーマスの命を狙っていると?」
「多分それはないでしょう。マリリン王妃は自分のご身分に劣等感を抱いておられます。それに子宝にも恵まれていません。王族より王位継承者となられるご養子を迎えるくらいなら、ご自分が愛されていた殿方の血を引くトーマス王太子殿下を次の国王陛下にされたいはずです」
「……トーマスに危険は及ばないのね」
「鶏殺しの犯人の意図がわからないので、何とも言えませんが。メイサ妃、この私を王宮に派遣していただけませんか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます