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◇
―トーマス王太子殿下・応接室―
トーマス王太子殿下が自分の部屋に戻ると、室内のソファーにダリアが座っていた。上品な薄紫色のロングドレス。襟元には濃い紫色の薔薇の花飾り。
「どうして私の部屋にいる。無断で入ったのか」
ダリアはソファーから立ち上がり、片膝を曲げて会釈した。
「トーマス王太子殿下、無断ではありません。国王陛下とマリリン王妃の許可はいただいています。鶏の件でトーマス王太子殿下が落ち込んでいるから慰めて欲しいと。来週の日曜日ピンクダイヤモンド公爵家でホームパーティーあります。トーマス王太子殿下も来て下さいますよね?」
「ピンクダイヤモンド公爵家のホームパーティー? 私には無縁だ」
「そんなことないわ。トーマス王太子殿下が主役です。私達の婚約が正式に決まったことを親族にお披露目するのです」
「そんなことは聞いてない」
「メイドとのことはマリリン王妃から聞いています。トーマス王太子殿下も男性ですから、若いメイドに目移りしても致し方がないこと。そんな小さなことは気に致しません。私のお父様にも第二夫人はいましたから」
「ピンクダイヤモンド公爵に第二夫人? ダリアさんは母以外の女性を寵愛する父親を許せるのか?」
「許せるも許せないも、この国ではよくある話です。国王陛下とマリリン王妃も似たような関係から、愛を貫かれました」
「ダリアさんは自分がお妃になれるなら、第二夫人も第三夫人も許せると?」
「はい。そのメイドがまだお気に召したなら、お付き合いされても構いませんよ。ただし、お遊びなら。そのメイドはマリリン王妃の専属運転手の娘さんだそうですね。貧しい農村出身とか。少しは夢を見させてあげても宜しいわ。でも夢は夢で終わりますが」
(ルリアンのことを愚弄することは許さない。)
「そうだよね。お妃がいても第二夫人や第三夫人がいても構わないよね。それなら……ダリアさんは第二夫人でもいいってことだよね」
ダリアの表情が一瞬にして変わった。
「トーマス王太子殿下、それはどういう意味ですか? 私はピンクダイヤモンド公爵家の令嬢なのよ。農村出身のメイドがお妃でこの私を第二夫人にするですって? バカにしないでよ」
「本性が出たな。どんなに家柄が素晴らしくても、どんなに高級なドレスを身に纏っても、心まで美しいとは限らない。粗末な木綿のワンピースを着ていても心はダイヤモンドのように輝いている女性はいるんだ」
「失礼な。王太子殿下だからって、この侮辱は許せなくてよ」
「ダリアさんはこの私と結婚したいのか? 私のどこが好きなんだ? 私が王位継承者でなくても、私と交際したいと思えるのか? 私を本当に愛しているなら第二夫人でも構わないよね」
「一体、何の話ですか? 私をからかっているつもりですか? パープル王国の王位継承者はトーマス王太子殿下しかいません。ですが、私は第二夫人になりたいとは思っていませんから。私はお妃にしかならないわ」
ダリアはプンプン怒りながら、トーマス王太子殿下の前を通り過ぎる。その時、ドレスの裾から鶏の毛が零れ落ちた。
「……鶏の毛?」
「きゃあ、やだ。気持ち悪い。トーマス王太子殿下の洋服に付いていたのではありませんか。誠に不愉快です」
(なぜダリアのドレスの裾から鶏の毛が? 会食前に鶏が殺されたことを知っていたのか? それなのに素知らぬ顔で食事を? まさか……ダリアが誰かに鶏の殺害を命じたのか? マリリン王妃とグル?)
「私は意地悪なトーマス王太子殿下でも好きになります。だからあなたも私を好きになって……。第二夫人だなんて二度と言わせないわ」
去り際、ダリアはトーマス王太子殿下の唇を奪った。いきなりキスをされトーマス王太子殿下は驚きを隠せない。
唇を離すとダリアが余裕の笑みを見せた。
「なぜだ……」
「トーマス王太子殿下に女性が何人いても驚かないわ。でも、あなたの正式な婚約者は私……。来週、ピンクダイヤモンド公爵家にてお待ち申し上げます。では失礼します」
ダリアは何事もなかったように、部屋を出て行った。トーマス王太子殿下は右手で唇を拭う。
(勝手にキスするな。王位継承者しか好きになれないくせに。)
トーマス王太子殿下は応接室の窓のカーテンを開けた。遠くに使用人宿舎が見えた。
ルリアンの部屋も三階だ。トーマス王太子殿下のバルコニーからルリアンの部屋の明かりが見えた。
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