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「スポロン、王室警察が動いたか。トーマス王太子殿下の耳に入る前に、違う鶏を用意するつもりだったが、仕方がないな」
「国王陛下やマリリン王妃はご存知だったのですか」
スポロンの問いかけに国王陛下は深々と頷いた。
「マリリン王妃の侍女より報告は受けている。ピンクダイヤモンド公爵令嬢のダリアさんが怖がると思って黙っていたんだよ」
「それはご無礼致しました。あとは私が王室警察と対処します」
「新しい鶏は用意するから、全て焼却しなさい。誰かの悪質な悪戯に過ぎないよ」
鶏が殺害されても平常心でいられる国王陛下とマリリン王妃に、トーマス王太子殿下は苛立ちを覚えた。あの鶏は元妻であるメイサ妃が侍女のローザに託したものだ。穏やかな顔をしていても、気にいらなかったのではないかと思ったからだ。
「お父様、お義母様、ダリアさん、大変申し訳ありませんが、食事の途中に席を立つことをお許し下さい。では、本日はこれにて失礼します」
「お待ちなさい、トーマス王太子。国王陛下やダリアさんの前ですよ」
「トーマス、行ってよい。あの鶏はメイサ妃より贈られたものだ。実母のメイサ妃との面会を許可しない私にメイサ妃が痺れを切らしたのだろう。一度面会の機会を設けるよ」
「お父様、お気遣いは無用です。では失礼します」
「国王陛下はトーマス王太子には随分甘いのですね。さあダリアさん、次はデザートですよ。トーマス王太子がいなくとも食事を楽しみましょう」
「はい、マリリン王妃。トーマス王太子殿下ごきげよう」
トーマス王太子殿下はそのまま部屋を出て行く。向かう先は王宮の裏庭だった。裏庭に行くと簡素に作られていた鶏小屋が壊され、三羽の鶏は無残な死を遂げていた。その前でタルマンとルリアンが呆然と立ち竦んでいた。王室警察から鶏の入手経路について詳細に事情聴取されていた。
「酷い……。一体誰が……」
少し離れた場所から、マリリン王妃の侍女がこちらを見ていた。昨日トーマス王太子殿下とルリアンをこっそり見張っていた侍女だ。
トーマス王太子殿下はそれに気付き、侍女トリビアに歩み寄る。
「トリビア、先日よりコソコソと私とルリアンを見張っているようだね。惨殺された鶏を見て『いい気味だ』と思ったか? それともマリリン王妃に頼まれて目障りな鶏を殺めたのか?」
トリビアはトーマス王太子殿下の言葉にワナワナと震えた。
「滅相もございません。私が鶏を殺めるなど、私は虫も怖くて触れないのです。トーマス王太子殿下やルリアンさんを見張っていたなんて誤解です」
「そうか、都合のいい誤解だな。まあよい。目障りだ。今すぐ消えてくれ」
「は、はい。申し訳ございません。失礼します」
慌てふためいて逃げ出した侍女トリビアに、トーマス王太子殿下は疑惑の目を向けたままだ。
「トーマス王太子殿下、大変残念でございました。ローザさんには私から電話で報告しておきます」
「トルマリンさん、すまない。ちゃんと飼えなくて……。鶏の命を奪ったのは私のせいだ。きっとマリリン王妃の仕業だろう」
「マリリン王妃の? 確かに昨日お迎えの時に鶏の話はしましたが、とてもにこやかな笑顔でした。マリリン王妃がこんな酷いことを命ずるとは思えません。あのお方はトーマス王太子殿下を我が子のように思われています。心優しい王妃です」
「心優しい王妃か。トルマリンさんにはそう見えるのか。私には母からお父様を奪った女性としか見れない。血の繋がらない相手だ。情もわかないよ」
「そんな……。私もルリアンにそう思われているんでしょうかねえ。寂しい限りです。では、私はこれで失礼します。ルリアン、宿舎に戻ろう」
「はい。義父さん」
ルリアンは一度もトーマス王太子殿下に視線を向けることはなかった。侍女トリビアからトーマス王太子殿下はピンクダイヤモンド公爵令嬢と会食中だと聞かされていたからだ。
今朝鶏が殺害されたのに、ピンクダイヤモンド公爵令嬢と会食ができるなんて、その神経がルリアンには信じられなかったのだ。
「トーマス王太子殿下、ここは王室警察に任せてお部屋に戻りましょう」
スポロンはショックを隠せないトーマス王太子殿下に声を掛けた。
「スポロン、犯人はマリリン王妃の侍女トリビアに違いない」
「侍女のトリビアは本当に虫も殺せぬ女性です。考えすぎですよ。いくら何でもマリリン王妃がそこまでするとは思えません。マリリン王妃はトーマス王太子殿下が王宮に戻られた時から、義母としての役目を立派に果たされておりました。その愛情に嘘偽りはないでしょう。マリリン王妃が一番恐れているのは、トーマス王太子殿下に嫌われてしまうことなのですから」
(私から嫌われてしまうことを恐れているとは……。そんなに義父レイモンドのことをまだ想っているのか……。偽りの愛に騙されているのはお父様なのかもしれない。)
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