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 ポールと公園で三十分過ごしたルリアンは、トーマス王太子殿下との約束を守り宿舎へと戻る。頼んだわけではないが、ポールはルリアンを王宮宿舎の門まで送ってくれた。


「送ってくれてありがとう。ポールさん、楽しかったわ」


「同じ学年なんだし、ポールでいいよ。私もルリアンと呼んででいい?」


「……はい」


「王宮の宿舎に住めるなんて幸せだね。宿舎がある敷地に入るにも門があり警備員が常駐しているんだね。どうやって入るの?」


「使用人宿舎の身分証があれば、そのうち顔も覚えて貰えるし。夜間は使用人宿舎の警備員も一人になるから、王宮ほど厳戒態勢ではないわ。夜間は裏門は施錠して仮眠しているみたいだし、所詮、宿舎の住人はみんな使用人だしね。じゃあ、また。今日はありがとう」


「こちらこそありがとう。楽しかった」


 ポールはルリアンに手を振り、その場を離れた。ルリアンはポールの後ろ姿を見送る。ポールの姿が完全に見えなくなったと同時に腕を掴まれた。


「警備員さん、痛い!? はあ? トーマス王太子殿下、何なんですか。まさか警備室に隠れて盗み聞きですか。サイテー」


「どっちがサイテーだ。『送ってくれてありがとう。ポールさん、楽しかったわ』『同じ学年なんだし、ポールでいいよ。私もルリアンと呼んででいい?』フンッ、イチャイチャしちゃって。そんなことして許されると思ってるのか? しかも三十分と言ったのに、十五分も遅れた」


「公園から歩いて帰るんだから、十五分くらいかかります。大体、私を待ち伏せする必要あります? 私はもうトーマス王太子殿下のメイドではありません。もう自由なんですから」


「ルリアンの行動はマリリン王妃が依頼したスパイが見張ってるんだ。もうポールのことも筒抜けだろう。今後ポールとの密会は禁じる。いいな」


「嫌です。マリリン王妃のスパイに見張られていても構いません。私はトーマス王太子殿下の本当の恋人では……」


 途中まで言いかけた時、トーマス王太子殿下に唇を塞がれた。白昼堂々とキスをされ、ルリアンは完全にテンパっている。頭にきたルリアンは思わずトーマス王太子殿下の頭を拳骨で殴った。


「……痛っ! この無礼者! あの木陰にマリリン王妃の侍女トリビア・カルローがいるんだ。あいつがスパイだ。大人しくしろ」


 (マリリン王妃の侍女がスパイ!? まじで?)


 トーマス王太子殿下はルリアンを抱きしめた。


「恋人なんだから、恋人らしくしろ」


「はいはい。これならメイドの方がマシだったわ」


 ルリアンは半ば諦めモードでトーマス王太子殿下に抱きしめられたままだ。


「もう満足でしょう。マリリン王妃の侍女はもういなくなりました。マリリン王妃もまだ公務先です。恋人の振りはもうおしまい」


「ルリアン、本気でポールのことを……」


「はい。だからトーマス王太子殿下は無理にピンクダイヤモンド公爵令嬢との婚約を断られる必要はありません。今はまだ学生だから、婚約とか結婚とか考えられなくても、もう少し大人になったらトーマス王太子殿下に相応しい相手だと納得できるのではありませんか? メイサ妃は望まない結婚でも、国王陛下に寵愛され、メイサ妃も愛されたではありませんか」


「ルリアンに何がわかるんだよ。私の気持ちなんてわからないよ。それに……私は婚約解消したいから、ルリアンと真剣交際していると国王陛下に伝えたわけではない。本当にルリアンのことが好きだから……」


「ごめんなさい。私はポールが好きです。そのお気持ちにはお応えできません」


 (本当は……嬉しかった。自分でもよくわからないけど、嬉しかった。トーマス王太子殿下は年下なのにいつも上から目線で、いつも生意気でヤキモチ妬きで、それでいて繊細で泣き虫で……。これ以上『好きだ』と言われたら、私が本気になっちゃうよ。これは禁じられた恋だから、自分から断ち切るんだ。)


「はっきり言うんだな。わかったよ。ピンクダイヤモンド公爵令嬢と交際すればいいんだろう。そこに好きだという気持ちなんてなくても、国のために婚約すればルリアンは満足なんだよな。好きな男がいるのに、婚約解消に利用して悪かった。さよなら、ルリアン」


 ――『さよなら、ルリアン』

 

 トーマス王太子殿下はルリアンに背を向けて王宮の玄関に向かった。その背中を見つめていると何故か涙が溢れた。


 (バカみたい。バカみたい。トーマス王太子殿下は本気じゃないのに、偽りの言葉に本気になってしまうなんて、バカみたい。)


「さよなら……トーマス王太子殿下」


 ルリアンはトーマス王太子殿下に深々と頭を下げた。

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