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(まさかトーマス王太子殿下と一緒にいる時に再会するなんて……。ポールは王室研究部の部長なんだよね。こんなところを目撃され、トーマス王太子殿下とのことを誤解されては困る。)
「ルリアンさん、おはよう。どうしたの? 制服なんか着て。学校に行ったの?」
「……いえ、その。試着してそのまま来ちゃった」
「そうなんだ。よく似合ってるよ。とても可愛いね。今日は歴史本なんだ。新聞はもういいの?」
「それはもういいの」
(ローザさんから聞いた話で大体理解したから。ただ、義父がタダシ・キダニだとは認めたくないけど。)
ポールはルリアンの隣の席に座ろうとした。その時、背後から怖い声がした。
「そこは私の席なんだけど。君は誰? ルリアンの知り合い?」
ポールはトーマス王太子殿下を見て、直ぐには本人だとはわからなかったようだ。王立図書館に王族がいるとは想像できなかったのだろう。
「はじめまして。私はパープルワンハイスクールの生徒会長、ポール・キャンデラです」
「君がポール・キャンデラか。髪色はシルバーだが髪の根元は黒髪だな。私やルリアンと同じ黒髪のようだね」
上から目線の言葉遣い、王室研究部のポールなら直ぐにトーマス王太子殿下だと気付くのではないかと、ルリアンは内心ヒヤヒヤしている。
「どうして私の名前をご存じで? ルリアンさんが話したの? 私のことを話題にしてくれるとは嬉しいな」
「う、うん」
(まずいな、非常にマズい。私はトーマス王太子殿下にポール・キャンデラが好きだと話した。でも国王陛下の前ではトーマス王太子殿下の恋人役にもなっている。これでは史上最悪の二股女だ。トーマス王太子殿下の名前だけは何としても誤魔化さなければ……。)
「あなたの制服は王立ハイスクールの制服ですね。王族や公爵、伯爵などの高貴な者しか入学できない。黒髪の移民が入れる学校ではありません。あなたは……公爵家のご子息ですか? 黒髪は珍しいですね」
「まあそんなところだ。私の名はトニー・サファイアだ。宜しく」
トーマス王太子殿下は咄嗟に嘘の名を告げたが、ついメイサ妃の旧姓を名乗っている。
「トニー・サファイアさんですか。レッドローズ王国のサファイア公爵家の御親族ですか? トーマス王太子殿下も黒髪、御親族ですか?」
(さすが、王室研究部だ。即バレた。)
「いや、違う。私の出生地はパープル王国だからな。レッドローズ王国は無縁だ」
「そうですか。さすが公爵家のご子息ですね。気品もあり私達庶民とは違いますね。ルリアンさんは知り合いなの?」
「えっと、トニーさんとはさっきこの図書館で逢ったばかりなのよ。それで友達に」
「そうなんだ。それなのにルリアンさんの隣は自分の席だとか、名前を呼び捨てにするなんて、公爵家のご子息は随分偉そうなんですね」
(トーマス王太子殿下に『偉そう』だなんて、侮辱罪で捕らわれちゃうよ。)
「ポールさん、ここは私語禁止ですよね。もうやめましょう。受付の方が睨んでます」
「そうだね。勉強しようか」
(ポールが持っていたのは法律に関する本だった。将来は法律家でも目指しているのかな。さすか生徒会長。)
トーマス王太子殿下は不機嫌なままルリアンの隣にドスンと腰を落とした。ポールはルリアンの前の席に腰を落とした。ルリアンとポールは向かい合う形となる。
トーマス王太子殿下が持ってきた本は『鶏の飼い方』という子供向けの本だった。ルリアンはその本のタイトルを見てふき出しそうになったが、目の前に座っているポールにじっと見つめられ笑うこともできない。
「トニーさんは鶏を飼われてるんですか? 公爵家で鶏とは珍しいですね」
「ある人に鶏を貰ってね」
「食用ではないのですか?」
「食用? まさか、あの鶏は食さないと決めている。だからちゃんと飼いたいんだ」
「公爵家のご子息が飼うのですか? 使用人に任せればいいのに。動物が好きなんですね」
「私語禁止なんだろう。黙って勉強しろよ。ちなみに私はその法律の本はもう読破したけどな」
(マジで? 王宮の図書室には専門書は何でも揃っている。『鶏の飼い方』は流石にないけど。でもそれをわざわざ言わなくても。対抗心丸出しだね。)
三人は黙って一時間本を閲覧した。ルリアンには息が詰まりそうな時間だった。精神的に疲れたルリアンは本を所定の場所に戻し、帰り支度を始める。トーマス王太子殿下も同じタイミングで帰り支度を始めた。
「トニーさんは本を借りないの?」
「私は一度読めば全て記憶しますから」
「凄いですね。私はこの本を借ります。ルリアンさん、近くにある公園で散歩しない?」
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