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「あの当時、あの村では盗賊が出没して村人の家を襲撃したり、車を奪う事件が多発していたようですが、駐在所の警察官も盗賊を恐れて手出ししなかったようです。あの日、一人の男性が盗賊に襲われ身ぐるみ剥がれ暴行され田んぼに倒れていたそうです。タイヤ痕があったから、きっと盗賊に襲われ車や荷物も持ち去られたんだと思いますが、それでも当時の警察官の怠慢で被害者を放浪者扱いし、保護すらしなかった。何故なら被害者は自分の名前すら覚えてなく名乗らなかったからです。警察官の人種差別は大変遺憾ですが、翌日見回った際に、その放浪者は田んぼから消えていたそうです」


 ルリアンはローザの話を聞いて、今朝母ナターリアから聞いた話とほぼ類似することに驚いていた。それにトーマス王太子殿下が言っていたおじちゃんは『タルマン・トルマリンなんて名前ではなかった気がする。パープル王国では聞かないような珍しい名前だった』という言葉とも合致した。


 ホワイト王国にもパープル王国にもレッドローズ王国にも、移民の間で『タダシ・キダニ』と言う名前は珍しいからだ。


 しかしどんなにローザが状況を説明してもタルマンは頭を抱えたまま石のように固まっている。


「義父さん……」


 ルリアンはタルマンの肩に優しく手を置いた。


「トルマリンさん、またレッドローズ王国にいらして下さいませんか? 王宮の宿舎にメイサ妃やご主人様レイモンドがトルマリンさんに逢いに来るわけにはいきません。マリリン王妃がきっと心よく認めては下さらないでしょう。記憶喪失のトルマリンさんをわざわざ専属運転手にされたのには、きっと理由があるはず。マリリン王妃はトルマリンさんが『タダシ・キダニ』だと勘づいているのではないかと思われます。だとしたらその狙いは……」


 ローザはそこまで話し、ルリアンの顔を見て口を閉ざした。


「宿舎なのにこのお部屋には電話が設置されたようですね。もしも何か思い出されたら、レッドローズ王国の邸宅におります私にご連絡下さい。ご主人様レイモンドが心より心配しております」


 ローザはそう言うと、テーブルの上にメイサ妃の邸宅の電話番号を置いた。


 (今日は電話番号を貰ってばかりだ。スポロンさんにトーマス王太子殿下、メイサ妃の邸宅まで……。義父さんが『タダシ・キダニ』という人物で『タルマン・トルマリン』が偽名だとしたら……母がどんなに悲しむことか……。)


「では私はこれにて失礼致します。トルマリンさん、いえキダニさん。その鶏はトーマス王太子殿下にお渡し下さいね」


「私が……ですか? トーマス王太子殿下と謁見なんて出来ませんよ」


「そうですか。それならばルリアンさん、あなたに委託致します。では失礼します」


「ローザさん、はるばるお疲れ様でした。メイサ妃や皆様に宜しくお伝え下さい。でも……義父は『タダシ・キダニ』ではありますん。『タルマン・トルマリン』ですから。きっとご期待には沿えないと思います」


 無言で踞っているタルマンの代わりに、ルリアンは代弁した。ローザはその言葉を聞いて微笑む。


「ルリアンさんのお母さんのおかげで、彼は命を落とさなくてすみました。お母さんに『感謝申し上げます』と、ご主人様レイモンドの代わりに御礼を申し上げます。宜しくお伝え下さいね」


「……はい。ローザさん、お気をつけて」


 ルリアンは玄関先でローザを見送った。タルマンはローザが部屋を出たと同時に、ルリアンにこう告げた。


「ルリアン、申し訳ないがこの鶏はベランダに出してくれないか。鶏の鳴き声を聞くと頭痛がするんだ。頼む」


「わかった。そうするね。鶏は明日スポロンさんに渡すから安心して。義父さんは『タルマン・トルマリン』だよ。『タダシ・キダニ』なんかじゃない。私はそう信じてる。何も思い出さなくていいよ。ずっと私と母さんの傍にいて」


「ルリアン……ありがとう。私もさっぱりわからないんだ。マリリン王妃やメイサ妃のご主人様とこの私に繋がりがあるとは、到底思えないんだよ」


「わかってる。義父さんは弱虫だから、誘拐事件の英雄なんかじゃないよ。この林檎の皮を剥くから一緒に食べよう」


「そうだな。ルリアン、ありがとう」


 ルリアンはキッチンで林檎の皮を剥きながら、タルマンの様子を眺めていた。本当にタルマンがタダシ・キダニなら……、そう思うと不安でしかなかった。


 タルマンは義父だと薄々わかっていても、ルリアンには大切な家族だからだ。

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