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「それなら他の六人のメイドの誰かをお選び下さい」
「そんな者はいないよ。あれは嘘だ。私の専属メイドはルリアンだけだ」
「嘘? あれは……嘘? だってスポロンさんも……」
「スポロンは私の悪ふざけに付き合ってくれただけだ。ルリアン頼むよ、国王陛下の前で交際している振りをしてくれ。今までセブンと呼んで悪かった」
トーマス王太子殿下はルリアンに頭を下げた。王位継承者に頭を下げられルリアンは困惑していた。もともとポール・キャンデラは友人で恋愛感情の『好き』ではない。あれは交際を断るための嘘だからだ。
(これ以上、トーマス王太子殿下の傍にいたら、きっと私はトーマス王太子殿下のことを好きになってしまう。そうなれば辛い想いをするのは私だから。)
「トーマス王太子殿下は大嘘つきですね。全部が嘘、私をからかって楽しかったですか?」
「だからごめんってば。とにかく国王陛下に謁見してくれ」
トーマス王太子殿下は私の手を掴んだ。
私は短いワンピースの裾を引っ張る。今日の下着はコアラ柄だ。こんなのを国王陛下に見られたら一生の汚点だからだ。
「待って下さい。国王陛下だけではなくマリリン王妃もご一緒なのですよね。気まずいです」
「マリリン王妃も一緒だから信憑性があるんだろう。だってマリリン王妃は私とルリアンが隠し部屋で睦み合っていたと思ってるんだから」
「睦み合っていた!? 否定しましたよ。ちゃんと否定しましたからね」
「わかったから。ほら、行くよ。謁見と言っても王宮の謁見の間ではない。国王陛下の応接室だからリラックスして」
(国王陛下の応接室!? すなわちマリリン王妃の応接室でもある。そんな場所でリラックスなんてできないってば。)
―二階、国王陛下の応接室―
応接室をノックすると、室内にいたメイドがドアを開いた。ちゃんとした規定のメイド服だ。ルリアンの着用しているハロウィン用のふざけた超ミニのワンピースではない。
トーマス王太子殿下はメイドに席を外すように命じた。
「トーマス王太子殿下、国王陛下との家族団欒にメイドを同行ですか? その制服は自前ですか? なんとはしたない」
(ほら、早速マリリン王妃が私に喰いついたし。自前なわけないでしょう。)
ルリアンは初めて間近に見る国王陛下に、敬意を表し深々とお辞儀をした。
「トーマスが雇ったメイドとはあなたですか? その制服はどうせスポロンとトーマスがあなたに与えたのでしょう。トーマス、悪戯が過ぎますよ。恥ずかしい思いをさせましたね。トーマス、彼女に規制のメイド服を支給しなさい」
「お父様、これはスポロンの悪ふざけです。それに規制のメイド服は必要ありません。彼女はルリアン・トルマリンさん。マリリン王妃の専属運転手の娘です」
「そうでしたか。マリリンは面識はあるのですか?」
「はい。先週、トーマス王太子の応接室で会いました」
「先週、トーマスの部屋で? 私がグリーン王国に公務に行っていた時だね」
「はい。トーマス王太子と御一緒にディナーでもと思いましたが、先約がおりましたので諦めました」
「先約とは? ピンクダイヤモンド公爵令嬢のダリアさんですか?」
「それならいいのですが。国王陛下からも注意して下さい。トーマス王太子とこのメイドは深い仲にあります」
「まさか、トーマスは九月からハイスクールなんだよ。メイドと深い仲になるはずはない。あっ……いや、マリリンは特別だ。私達は愛し合って結婚したのだから」
(国王陛下がマリリン王妃に気を使って言葉を選んでいる。どちらの立場が上なのかわからない。マリリン王妃が元メイドだったから、メイドとトーマス王太子殿下が恋仲になっても国王陛下は文句を言えないのだ。まさか……、トーマス王太子殿下はそれを知った上で私に交際をしている振りをしろと? 悪知恵の働くトーマス王太子殿下のことだ。十分あり得る。)
「お父様がお義母様との純愛を貫き通されたことはわかっております。愛があれば身分の差も、たとえ妻子があっても貫き通す。そうですよね」
マリリン王妃が憤慨したように声を荒げた。
「トーマス王太子、国王陛下に無礼ですよ」
穏やかな性格の国王陛下はマリリン王妃を優しく宥める。
「マリリン、どうしたのだ? 君らしくもない。トーマス、話があるからわざわざここに来たのだろう。ソファーに座りなさい」
「ならば、彼女も座らせて宜しいですか?」
「彼女も?」
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