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◇
―翌週、日曜日―
トーマス王太子殿下がベッドで眠っていると、優しい声がした。
「トーマス王太子殿下、起きて下さい。午前九時ですよ」
(――ルリアン……。)
重い瞼を開き、思わず両手を伸ばしてルリアンを抱きしめた。
「ちょ、ちょ、ちょ……っとぉ」
かなりテンパッているルリアン。
グッと体ごと引き寄せると、トーマス王太子殿下に覆い被さるようにベッドに倒れた。
「きゃあ! やだ! 何を考えてるのよっ! 職権乱用! 私を無理矢理襲うつもりですか! 叫びますよ! いいですね? 叫びますからね!」
「朝からギャアギャア煩いな。何もしないから暫くセブンを抱きしめさせて」
「やだ、バカじゃないの! 離してよ」
「離したくない。ごめん」
トーマス王太子殿下はいつものように毒舌を発することなく、ただルリアンを抱きしめている。
「トーマス王太子殿下? どうなさったのですか? まさか……泣いてるの?」
トーマス王太子殿下は慌てて涙を拭った。
「泣くわけないだろう。悪夢を見た。だから、セブンが魔除け代わりだ」
(魔除けだなんて失礼しちゃう。でもやはり様子は変だ。)
「……嘘、泣いてる。何があったのですか?」
「セブンは女性だから、母の気持ちがわかるのか? 好きな人がいてその人の子をお腹に宿しているのに、他の人と結婚する気持ちがどうしても私には理解できない」
「ご出生のことを一週間も悩んでいたのですか? トーマス王太子殿下ってもっとサバサバしているのかと思ってました」
「それバカにしてるのか? 誰だって悩むだろう。誰にも相談できないんだから。両親の前では二人が許せなくて暴言を吐いてしまった。でも……母はそれほどまでに義父を愛していたのかなと、最近は思えるようになった」
「義父ではなく、実のお父様でしょう。トーマス王太子殿下はそれを認めたくないだけでしょう。メイサ妃は実のお父様を愛していたからこそ、国王陛下に嘘をついてまでもトーマス王太子殿下を生みたかったのです。私はまだ大人ではありませんが、もしも愛する人の子を宿したなら、きっと命がけで守ると思います。それが母性ではないでしょうか」
「国王陛下やこの国の民に嘘をついてもか?」
「はい。たとえ小さな命でも女性には大きな宝なのです」
「私は……生まれてきてもよかったのだな」
「当たり前です。真実がどうであれ、トーマス王太子殿下はこの国になくてはならないお方。メイサ妃は困難を乗り越えて愛する人の子を出産されました。血の繋がりも大事ですが、トーマス王太子殿下を我が子として慈しみ育てられた国王陛下は、人としても国王陛下としても立派なお方です」
「ルリアン……ありがとう」
トーマス王太子殿下はルリアンの唇を塞いだ。
「……っ、いけません。トーマス王太子殿下には婚約者がいらっしゃいます。私は農村の貧しい家柄。お願いです。これ以上私を困らせないで下さい。このような振る舞いをされるなら、本日をもってメイドの仕事はご辞退致します」
「ルリアン、私とは交際できないと? 私は王族ではなく移民の血を引く男だ。ルリアンとなんらかわりない」
「いいえ、トーマス王太子殿下は王族の血筋と由緒あるサファイア公爵家の血を引く王位継承者です。私とは全然違うわ。お願いです。これ以上のお戯れは困ります。私は……トーマス王太子殿下ではなく他に好きな人がいるのです」
「他に好きな人?」
「同じハイスクールのポール・キャンデラです。九月から新学期も始まります。メイドの仕事は今日で終わりにさせて下さい」
ルリアンを抱きしめていた手が解かれた。
ルリアンは拘束から解き放たれ、ベッドから起き上がり、短いメイド服のワンピースの裾を引っ張る。
「ポール・キャンデラ? あの時の男子か?」
「そうです。トーマス王太子殿下にはピンクダイヤモンド公爵令嬢がお似合いです。私はポールが好きです。今まで黙っていてごめんなさい。お怒りならもう追い出されても構いません」
「ダメだ。今日が最後なら、今日一日私のメイドを勤めてもらう」
「畏まりました。でももうキスとかしないで下さいね」
「わかったよ。ルリアンに触れなければよいのだろう」
「それでは本日の仕事をお申しつけ下さい」
「本日は国王陛下とマリリン王妃に呼ばれている。ルリアンに同席して欲しい。ルリアンが私に興味がないことはよくわかった。そこで頼みがある。国王陛下の前で私と交際している振りをしてくれ。マリリン王妃の前で交際宣言をしたばかりだ。まさか振られたとは言えない。それにルリアンに想い人がいたとしても構わない。嘘でいいのだ。ピンクダイヤモンド公爵令嬢との婚約は解消したい」
「この私が国王陛下と謁見ですか? しかも恋人の振りとは……」
「それがメイドを辞める条件だ」
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