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「はい。彼女は私のメイドですが、本日付で解雇致しました。これからは私の交際相手として認めていただきたくて参りました」


「彼女がトーマスの交際相手? ピンクダイヤモンド公爵令嬢のダリアさんとの婚約話は正式に整っているんだよ」


「それはお父様とお義母様がお決めになったこと。私はルリアンと真剣交際を致します。それが叶わないなら生涯結婚は致しません」


 国王陛下はトーマス王太子殿下の話を聞いて、怒鳴るどころか目尻を下げて「クスクス」と笑った。ルリアンは笑っている国王陛下を見て驚いていた。マリリン王妃のように小バカにされ猛反対されると思ったからだ。


「お父様、私は本気なのです。笑わないで下さい」


「すまない。まさかトーマスの口から『真剣交際』なんて言葉が出るとは思わなかったからな。トーマスも恋をする年齢になったのだと改めて感慨深く思った」


「先に婚約話を勧めたのはお父様です。恋をする年齢を飛び越して結婚相手を強制的に決められるなんて、納得できません」


「それでメイドのルリアンさんに恋人役でも頼んだのか? そうすれば婚約話は解消されると?」


 (国王陛下は優しいだけではなく、トーマス王太子殿下の嘘も見抜いている。血の繋がりはなくても、国王陛下はトーマス王太子殿下の父なのだ。そう考えると、トーマス王太子殿下はまだまだ子供で考え方も甘い。私はどうすればいいのよ。めちゃめちゃ気まずいじゃない。)


「……っ、ルリアンに恋人役なんて頼んでません。先週、お義母様に二人の秘密を知られてしまいました。あの時は上手く誤魔化したつもりでしたが、お義母様のことだからきっと私達の関係を見抜かれたものと思い、お父様に真実を話す決意をしたのです」


「なるほど。マリリンは二人の交際を知っていたんだね」


「……はい。私はトーマス王太子に別れるように忠告致しました。ルリアンさんはホワイト王国の農村出身です。メイドも本職ではなく日曜日だけ。トーマス王太子の一時の気の迷いに過ぎません。王位継承者となられるトーマス王太子にはそれなりの由緒ある家柄のお相手でないと国民は納得しないかと。私は自分が苦労したからこそ、申し上げているのです。国王陛下と御成婚が決まったあと国民から誹謗中傷を受けました。祝福されない結婚ほど辛いものはありません。同じ思いを若い二人にして欲しくないのです」


 マリリン王妃は、先週トーマス王太子殿下やルリアンを責めた時とは口調は異なり、まるで自分が誹謗中傷を受けた被害者のように語り涙を浮かべ、トーマス王太子殿下とルリアンのために交際を反対しているのだと国王陛下に説明した。


「マリリンには私のせいで辛い想いをさせた。そのせいで授かった命を流産までさせてしまった。全て私の至らぬところだ。トーマスの生母、メイサ妃にも辛い想いをさせてしまったことは申し訳なかったと思っている。ルリアンさん、トーマスの嘘に付き合わなくてもいいのですよ。トーマスは王位継承者です。トーマスと交際するということは、一部の国民の反感をかうこともあります。あなたはまだ若い。そんな想いをさせるのは酷です」


「お父様……私が王位継承者でなければ、ルリアンと交際しても問題はないのですか」


「突然、何を申す。トーマスは王位継承者だ。まさか王位継承権を放棄すると?」


 マリリン王妃が慌てふためいた。


「トーマス王太子、そんな我が儘は許しませんよ。王位継承権を放棄するなどもってのほか。そのメイドとは別れなさい」


「トーマス、そんなに彼女が好きなのか? 好きな女性がいるのに、ピンクダイヤモンド公爵令嬢と婚約するなどダリアさんに失礼な話だ。もしも強引に婚約させたあとに、彼女との交際も続けるようならそれは不幸なことになる。国民の反発を受けても二人の想いは揺らがないのだな?」


 (……それってマジ? 私はトーマス王太子殿下に頼まれて恋人役をしているだけ。国王陛下は本気モードになっている。どうしよう……。)


「はい。お父様。私達は国民の反発を受けても揺らぐことはありません。なぜなら、この私が王位継承者であることが、一番国民の反発を受けるからです。私の真実が国民に知れたら誰がこの私を認めてくれるのでしょうか。私を王位継承者として認めて下さるのはお父様とお義母様だけです」


「トーマス……。まさか、知っているのか? いや、そんなはずはない。トーマス、これだけは断言する。トーマスは私の息子だ。王位継承者はトーマスただ一人。誰一人文句は言わせない。私はこの命をかけてもトーマスを守るつもりだ。二人の交際は許す。ただし非公表とする。よいな」


「……お父様。ありがとうございます」


 国王陛下の深い愛と強い親子の絆に、ルリアンは胸に熱いものがこみ上げた。国王陛下は血の繋がりはなくとも、心のそこからトーマス王太子殿下を愛しているのだ。

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