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◇
――翌朝、ルリアンは一睡も出来ないまま朝を迎えた。
昨日は目まぐるしい一日だった。
朝、ルリアンはトーマス王太子殿下のメイドの仕事に行き、そのまま隠し部屋から地下通路を通り、義父タルマンとトーマス王太子殿下の執事スポロンと四人で隣国のレッドローズ王国に行き、トーマス王太子殿下の御生母様の邸宅を訪れ、再びパープル王国にとんぼ返りした。
王室にはバレていないと思ったのに、マリリン王妃にはバレていて、ルリアンはかなり見下されてしまったが、いつも喧嘩腰のトーマス王太子殿下がルリアンを庇ってくれただけではなく『好きだ』と告白までされ、ポタージュスープ味のキスまでした。
そのあとのことは、頭がポーッとして『来週の日曜日も待っている』と言われ、気がついたらいつの間にか帰宅していたことしか思い出せない。
(あのトーマス王太子殿下が私を好き? そんなことあるはずない。私は農村育ちの貧しい家柄だ。やっぱりお遊びなんだよね?)
それよりもルリアンがショックだったのは、トーマス王太子殿下にピンクダイヤモンド公爵令嬢との婚約話があることと、『これから話すことは極秘情報だ。家族にも口外すれば命はないと思え』と強い口調でトーマス王太子殿下の出生の秘密を知らされたことだ。
眠れないままキッチンに行くと、ナターリアが朝食の支度をしていた。義父タルマンはナターリアの準備してくれたトーストと目玉焼きと牛乳だけの粗末な朝食を食べながら、いつものように「うまい」を連発していた。
「ルリアンおはよう。昨日は随分遅かったようだな。ごめん、疲れたから先に寝ちまったよ」
「昨日はディナーをご馳走になったからね」
「ディナー!? トーマス王太子殿下と二人きりで? いつの間にそんな仲に?」
「シーッ、母さんに聞こえるでしょう。やだな。昨日の御礼だよ。昨日のことは母さんに言ってないよね? 母さんが王宮で使用人にペラペラ喋ると困るから」
「もちろん。スポロンさんにも口止めされたしな。二人だけの秘密だ」
義父と二人だけの秘密を持つとはルリアンも想定外だった。
ナターリアがルリアンの朝食を運んで来た。
「朝から父子でコソコソと内緒話ですか? いつの間に仲良くなったの?」
「違うわ。母さん、いただきます」
ルリアンは王宮での豪華な料理を思いだし、やはりトーマス王太子殿下とルリアンではその立場に天と地の差があり、マリリン王妃の言ったことは悔しいけど正論だと思った。
「ナターリアご馳走様。いつも美味しい朝ご飯をありがとう。行ってきます」
タルマンは外見は全然男前ではないし、ナターリアとの年齢差も十五歳ある。それなのに人情味があり優しい性格で他人のために労力は惜しまない。この優しい一言がナターリアの心を掴み、突然記憶喪失で戻ってきた時もナターリアが夫として受け入れた理由だろうと、ルリアンは思った。
(だからと言って私は実父とは受け入れられない。義父は変わり者で何かが違うと思えるからだ。)
「タルマン、行ってらっしゃい。今日はマリリン王妃のお茶会の送迎でしょう。事故だけはしないでね」
「わかってるよ。安全運転してるから。愛してるナターリア」
タルマンとナターリアの抱擁は、思春期のルリアンは目にしたくはない行為だが、昨日のトーマス王太子殿下とのキスを思いだし思わず頬を染めた。
(あのマリリン王妃がなぜ義父を自分の専属運転手にしたのか摩訶不思議だ。私にキツくあたるように義父にも厳しいのかな? もっとベテランで有能な運転手なら他にもいるだろうに。)
ルリアンは玄関を出て行くタルマンを見送る。
「ねえ、母さん。母さんは幸せ?」
「なによ、ルリアン? どうしたの?」
「母さんは本当に義父さんが夫だと思ってる? 私には義父さんの言動がこの世とはかけ離れてる気がするんだけど」
「まだ父さんのことを、義父だと思ってるのね。無理はないわ。ルリアンが生まれる前に出稼ぎに行き、ある日突然舞い戻ってきたのだから。あの当時、あの村では盗賊が出没して村人の家を襲撃したり、車を奪う事件が多発していたけど、駐在所の警察も恐れて手出ししなかったのよ。あの日、父さんも全身や頭部を殴られ田んぼに倒れていたわ。タイヤ痕があったから、きっと盗賊に襲われ車や荷物も持ち去られたんだと思った。父さんには言わなかったけど田んぼに林檎が一個転がっていて、もしかしたら林檎農園の人かもしれないと思った。でも……亡くなったと言われていた父さんにそっくりで、気付いたらリヤカーに乗せて連れ帰ってしまったの」
「顔が似てるだけで、父さんだと……?」
「ずっと生きていると信じていたから。でもあの時助けてよかったと思ってるよ。ルリアンが父さんだと思えなくても無理はない。確たる証拠はないから、母さんは強制はしないわ。でもね、父さんと一緒にいると安心するのよ。今は愛してる」
ルリアンはナターリアの『愛してる』と言う言葉に心を打たれた。ナターリアも夫である確証はないのに、タルマンを一人の男性として愛してしまったのだから。
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