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「スポロン、悪かったな。でもスポロンのことは私が全力で守るから」


「トーマス王太子殿下、それは私のセリフですよ。トーマス王太子殿下のことはこの私が全力で御守りしますから。さあ、ルリアンさんディナーの準備ができましたよ。他のメイドは下がってよろしい」


「スポロンさん、私、この部屋でディナーなんて食べれません。トーマス王太子殿下、先ほどの嘘は少し言い過ぎです」


「嘘?」


「『この私がメイドのルリアンと交際しても何ら問題はないはず。はっきりと申し上げます。ルリアンとのことはお遊びではありません。私はルリアンが好きです。飾らない平民のルリアンが好きです』あんな大それた嘘をマリリン王妃に言ってもよかったのですか?」


「別に構わないよ。あれは嘘ではない」


「はっ? 嘘では……ない? 嘘ではないって、どういうこと?」


 スポロンは苦笑いしながら、トーマス王太子殿下とルリアンに一礼して部屋を出て行く。


 (ここで二人きりにする? あり得ないでしょう?)


「ルリアン、座れば? 昼は玉子サンドと飲み物だけだった。腹ペコなんだろう」


「腹ペコとか、私は野良猫ではありませんから」


「とにかく座って。私も座るから。それから話すよ」


「わかりました」


 ルリアンは渋々椅子に座った。目の前には前菜からポタージュスープ、牛肉のステーキに魚のムニエル等のメイン料理。数種類のデザート。本来ならばコース料理として一品ずつ運ばれてくるはずのものだが、それが全てテーブルに並ぶと迫力満点で、ルリアンはゴクンと生唾をのんだ。


 トーマス王太子殿下は義父から教わった「いただきます」と声を発してから、前菜から食事を始めた。空腹を我慢していたルリアンもつられて「いただきます」と食事を始める。


 (あれ……。私、何を怒ってたんだっけ? 豪華なディナーに誤魔化されてるよね?)


「トーマス王太子殿下、誤魔化さないで下さい。マリリン王妃にあんな嘘をついて大丈夫なんですか? 御実家でどんなお話をされたのか私にはわかりませんが、その苛立ちをマリリン王妃に八つ当たりしているようにしか見えませんでした」


「食事が不味くなるな。ルリアン、私がマリリン王妃に話したことは全部本気だ。この豪華な応接室で食べる素晴らしいディナーより、狭い車中で食べた玉子サンドが一番口に合うということだ」


「豪華な応接室で食べる素晴らしいディナーが、ピンクダイヤモンド公爵令嬢で、狭い車中で食べた玉子サンドが私? それってバカにしてるの?」


「まだわからないのか? ルリアンはマリリン王妃のように下心も欲深くもない。私はそんなルリアンが好きだ。私と付き合って欲しい」


「またまたご冗談を。騙されませんからね」


 ルリアンは前菜もスープも完食し、すでにメインの牛肉のステーキをパクついている。トーマス王太子殿下はそれを楽しそうに見つめていた。


「これから話すことは極秘情報だ。家族にも口外すれば命はないと思え。私が母に逢いに行ったのには理由がある。真実を確かめることだ。マリリン王妃に言われたんだよ。『メイサ妃は国王陛下との御成婚前に御懐妊されていたのです。その意味は言わずともお分かりですね。国王陛下は寛大なお方、それを全て承知の上でメイサ妃もトーマス王太子も受け入れられました。それなのにその国王陛下のお気持ちを裏切ったのはメイサ妃なのです。メイサ妃はこともあろうに私の元恋人に再会し心を奪われ、国王陛下を蔑ろにした。私は国王陛下の寂しい心を癒して差し上げたのです』とね」


「……それって」


「マリリン王妃の元恋人はサファイア公爵家の元執事レイモンド・ブラックオパール。母の再婚相手であり私の義父になっている人ですが、本当は私の実父だったということです。私には王族の血は一滴も流れてはいない。それなのに国王陛下は真実を知りながら、この私を王子として育て王位継承者とした。私はもう母の元には戻らないつもりだ。それが育ててくれた国王陛下の御恩に報いることだから。でもマリリン王妃の横暴な振る舞いは許せない」


「……そんな重大なことを私に話していいのですか? 私がもしも他言したらこの国の一大事となります」


「だから最初に言ったはずだよ。『これから話すことは極秘情報だ。家族にも口外すれば命はないと思え』とね」


「……ひ、ひいい。私はそんなに口は硬くないかも。貝みたいにパカッと口を開くかも」


 トーマス王太子殿下は椅子から立ち上がり、ルリアンに近付いた。


「もしも他言したら、罰としてその口を塞ぐ」


 (そ、それって……。処刑するってこと!?)


 おずおずとトーマス王太子殿下を見上げたら、柔らかな唇がルリアンの唇を塞いだ。そのキスはほんのりポタージュスープの味がした。


 目を見開いたまま、ルリアンは暫く呆然としていたが、その優しいキスに自然と瞼を閉じた。

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