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 ローザとエルザは玄関先でトーマス王太子殿下に深々とお辞儀をした。トーマス王太子殿下の傍から離れないユートピアを、ローザはエルザに預けた。


「ユートピア様、コーネリアの遊び相手になって下さい。トーマス王太子殿下は御両親にお話があるようです。あとで必ずユートピア様とも遊んで下さいますよ。よいですね」


「はい、ローザ。お兄様、必ずユートピアとも遊んで下さいね」


「わかった。あとでな」


「はい」


 エルザはコーネリアを抱き、ユートピアと手を繋いで二階の子供部屋に向かった。ローザはトーマス王太子殿下を見上げ瞳を潤ませた。


「トーマス王太子殿下、見違えるほどご立派になられて……。これも国王陛下の愛情の賜物ですね。スポロンさん、ご連絡下されば当家も精一杯のおもてなしができましたのに」


「ローザさん、これはお忍び訪問なのだ。周囲に知れてはならぬ」


「お忍びでございますか? 国王陛下と王妃のお許しを得ずご訪問なされたと? 護衛もつけずに?」


「まあ……そういうことです」


 ローザはニヤリと口角を引き上げ、スポロンの脇腹を肘でつつく。


「お堅いスポロンさんも、なかなかやりますね。そういうことならこのローザが全力で護衛致します。さあお入り下さい」


 その邸宅はトーマス王太子殿下が幼少期に暮らした粗末な屋敷とは比較にならないほど立派なものだった。庶民と同じ暮らしを望んでいたメイサ妃やレイモンドが、執事やメイドのいる裕福な暮らしをしているなんて、メイサ妃の望んだ庶民の暮らしも全て嘘偽りだったのかと、トーマス王太子殿下はがっかりした。


 ローザに案内された応接室、部屋は王宮とは比較にならない広さだが、有名な絵画や高価な装飾品は、メイサ妃の生家サファイヤ公爵家のものだとすぐにわかった。


「トーマス? 本当にトーマスなの?」


 それは七年振りに逢う親子の再会だった。

メイサ妃はトーマス王太子殿下に駆け寄り抱き着いた。レイモンドもメイサ妃とトーマス王太子殿下を抱きしめた。


 感動の再会のはずなのに、トーマス王太子殿下は冷静だった。


「お母様、お義父様、本日は大切なお話があり伺いました。私は本日中にパープル王国に帰国しなけれななりません。三人だけで話がしたいのです。スポロン、ローザ、席を外してくれますか?」


「畏まりました」


「ローザ、私をここまで連れて来てくれた運転手とメイドが車中で待っています。彼らに何か食べ物と飲み物を差し入れして下さい。ただし、話が終わるまでこの部屋には立ち入らないで下さい」


「畏まりました。運転手には急ぎ用意して持っていきます。では失礼します」


 トーマス王太子殿下はメイサ妃とレイモンドに視線を向けた。


「お母様、お義父様、座って下さい」


 メイサ妃は他人行儀なトーマス王太子殿下に一抹の寂しさを感じていた。親子なのに離れてしまった心の溝がとても深いものに感じたからだ。


 メイサ妃は自らハーブティーを入れ、トーマス王太子殿下に差し出した。


「トーマス、もう十六歳なのですね。あなたのことを私もレイモンドも忘れたことはありません。レイモンドによく似てきましたね」


「単刀直入に質問します。それは私が国王陛下の実子ではなく、レイモンド・ブラックオパールの子だからですか?」


「……トーマス」


「私はもう大人ですよ。マリリン王妃から全て聞きました。『お母様は国王陛下とご成婚される前に他に恋人がいたと。それはマリリン王妃の元恋人だった』と。本日伺ったのはそれを確かめるためです。私は真実を知りたい。お母様はマリリン王妃の元恋人であった執事のレイモンド・ブラックオパールと恋をして私を宿した。それを隠したまま国王陛下に嫁いだ。お義父様も実父でありながら、私を騙し義父を装おった。これが真実なのですね」


 トーマス王太子殿下の言葉にメイサ妃とレイモンドは衝撃を受けた。でも全てを知っているトーマス王太子殿下に嘘はつけないと判断した。それが国王陛下の本意でないとしても、この澄んだ瞳に嘘はつけないと。

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