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応接室のドアが閉まりスポロンは退室した。ルリアンが窓に近付くと、トーマス王太子殿下はバルコニーに出て庭を眺めていた。
「なんだ。今日は起きてるんですね。トーマス王太子殿下おはようございます。ルリアン・トルマリンです」
(話しかけたが、トーマス王太子殿下は無言だった。どうしたのかな? また遅刻した? いや時間は合ってる。だってこの腕時計はトーマス王太子殿下の御生母様の腕時計なんだから一秒の狂いもない。)
「トーマス王太子殿下? あの……今日は来なくても大丈夫でしたか?」
バルコニーに出たルリアンはトーマス王太子殿下に近付く。トーマス王太子殿下は突然振り返り、ルリアンを両手で抱きしめた。驚いたルリアンは目を見開いたまま固まっている。
「うわ、わ、わ、トーマス王太子殿下ご乱心を! ここはバルコニーです。誰かに見られたら一大事ですよ!」
「誰かに見られても構わない。私は偽王子なのだから」
(偽王子? それって何のこと?)
「トーマス王太子殿下、何かあったのですか?」
「心配するな。キスはしない。ただ少しだけこうさせて」
(キスはしないって本当かな? でも今日は先週とは違う。明らかに落ち込んでいる。それに自分のことを偽王子だなんて、自虐的すぎる。あの意地悪なトーマス王太子殿下に今にも泣きそうな声で抱き着かれたら、振り払うことなんてできないよ。それともこれは演技? 強がったり、落ち込んだり、私の態度を試してるの?)
「あの……父からの伝言があるのですが、『御邸宅がわかりました。と、だけ伝えてくれ』と」
「母の邸宅がわかったのか?」
「はい。詳しい住所は聞いていませんが、御生母様の引っ越しに同行した運転手に聞いたらしく、義父さんは住所を知っているようです」
ルリアンを抱きしめていた手が解かれ、トーマス王太子殿下は一旦室内に入る。ルリアンもそのあとに続いた。
「今日は私服なんだな。メイド服ではないのか」
「はい。トーマス王太子殿下のご指示だと思っていましたが、違ったのですね。実は先ほどスポロンさんに『先週のように無断外出は禁止ですからね。トルマリンはお休みですが決して車を利用してはなりませんよ』と、念を押されましたが、あれは『外出してもいい』というフリでしょうか?」
「スポロンがそんなことを? 別に外出しなくてもいいさ。どうせ行っても意味はない。私は実の母に捨てられたのだ。聖母だと思っていた母は国王陛下のみならず、マリリン王妃をも裏切る卑しき女だった」
「卑しき女? ちょっと、今の言葉は聞き捨てならないわ。自分の母親になんてことをいうの? 女性が子を産むのは命がけなのよ。いくらトーマス王太子殿下でも女性蔑視は許さない。訂正して下さい」
逆上したルリアンにトーマス王太子殿下が圧倒されている。メイドに叱責され怒りを通り越して思わず苦笑いだ。
「子を産むのは命がけか」
「御生母様が『国王陛下のみならず、マリリン王妃をも裏切る卑しき女だった』とはどういう意味ですか? 御生母様はトーマス王太子殿下が誘拐された時に、お妃でありながら侍女と二人で誘拐犯に勇敢に立ち向かい救出されたのですよ。普通なら王室警察に任せるわ。ご自分の命を危険にさらされてまで、トーマス王太子殿下を守られたのです。それを『卑しき女』とは無礼千万。御生母様の口から真実を聞かないまま、誰かの告げ口を信じるのですか?」
「ルリアン、君は誰に口をきいている。その生意気な減らず口をまた塞がれたいのか」
「……っ、違います」
ルリアンは慌てて両手で自分の唇を隠した。
「だから、今日はキスはしないよ。そんな気分ではないんだ」
「トーマス王太子殿下、二人で王宮を抜け出しましょう。スポロンさんはきっと廊下で見張っています。この部屋から抜け出す方法はありませんか?」
「なぜ王宮を抜け出す必要がある」
「御生母様に逢いに行くのです。ご自分の耳で真実を聞くのです。王宮なんだから、秘密の扉とか、秘密の抜け道とか、あるでしょう。お電話お借りしますね。私は義父に電話して運転を頼みます」
「バカだな。そんなことをしたら、君達親子はクビだ」
「私も義父だから、トーマス王太子殿下の気持ちはよくわかります。もうクビでもいいわ」
「無茶苦茶だな。この応接室に隠し部屋はある。他国が攻め入った時や強盗に襲われた時に安全に避難するための隠し部屋だ。外部に通じる通路もある。ただし、このことは王族と直属の執事しかしらない。使用人もしらない極秘情報だ」
「その通路はどこに通じているのですか……」
「使用人宿舎の地下室だ」
「使用人宿舎に地下室があったのですか?」
「そこには公用車ではなく普通車が数台隠してある。ただし防弾ガラスだけどね」
ルリアンはあの使用人宿舎に王宮と繋がる秘密の通路や、逃走用の車が地下に隠してあるとは想像もしなかった。
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