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◇
ルリアンに渡せなかった切り花を右手で持ち、トーマスは王宮の玄関に向かう。その時、マリリン王妃を乗せた公用車が目の前に停まった。運転手はルリアンの父、タルマンだ。
マリリン王妃の隣には昨日国王陛下より見合い写真を見せられたダリア・ピンクダイヤモンドが乗っていた。護衛のための後続車も二台停車した。
運転席からタルマンが急いで降り、トーマスに一礼したあと、後部座席のドアを開いた。先ずはマリリン王妃が降り立ち、続いてダリアが車から降りた。
「マリリン王妃、お帰りなさいませ」
「トーマス王太子、お庭をお散歩ですか?」
「はい。良いお天気だったので」
トーマスはわざとダリアには視線を向けなかったが、ダリアはトーマスに駆け寄り手にしていた薔薇を手に取った。
「トーマス王太子殿下、ごきげんよう。この薔薇はお庭に咲いていたものですね。私へのプレゼントに摘んで下さったのですか? ありがとうございます」
(とんでもない勘違い令嬢だな。それはルリアンのために摘んだものだ。)
「まあ、トーマス王太子はお優しいのね。私達の乗った車が見えて、ダリアさんに薔薇の花を一輪摘むとは。素敵な心遣いですね。今日はダリアさんと二人でバイオリンの演奏会を鑑賞してきましたのよ。ダリアさんはバイオリンやピアノを習っていらっしゃるそうで、腕前もプロ並みだとか。数々の名高い賞も幾つか獲られているそうですよ」
「マリリン王妃、まだまだ私なんてプロの演奏家には敵いませんわ」
「ご謙遜を。トーマス王太子、今からダリアさんとご一緒にお茶会を致します。ご一緒にいかがですか?」
「マリリン王妃、私はご遠慮申し上げます。女性のお茶会は苦手なので」
「おやまあ、可愛らしいこと」
マリリン王妃は口元を扇で隠し、上品に笑った。元はメイサ妃のお付きのメイドだったのに、すっかり王妃らしくなり気品すら感じたが、その瞳は笑っているようには見えなかった。
玄関ドアが開き、メイドが数名マリリン王妃とダリアを出迎えた。
「遅いわね。私達が帰る前から玄関前で出迎えなさい。それでは王室のメイドは勤まりませんよ。今日はトーマス王太子の御婚約者となられるピンクダイヤモンド公爵令嬢も御一緒なのですよ。王室のメイドである自覚を持ちなさい」
「マリリン王妃、申し訳ございませんでした」
メイドは頭を垂れたまま平謝りだ。
マリリン王妃はそのまま王宮の中へ入って行く。ダリアもそのあとに続いた。トーマスはタルマンに視線を向けた。
「トルマリン、昨晩のお咎めはなかった?」
「トーマス王太子殿下、おかげさまでスポロンさんからたくさんの給金をいただき、お咎めはございませんでした。ピンクダイヤモンド公爵令嬢様と御婚約されるそうですね。娘とは天と地の差ほどの美しく気高いお嬢様で、お似合いでございます」
「全然お似合いではないし。それに私は彼女と婚約なんてしない。ああいう高飛車な女子はタイプじゃない」
「ほほう。タイプじゃないとは、国民を全員敵に回しますよ。あのような美しい公爵令嬢を娶れるとは、男冥利につきますからね」
(トルマリンは全然わかってないな。私が好きなのはルリアンなんだから。ルリアンとはまだ付き合ってもないし、もちろん学生だから将来なんて考えた事もないけど。でもダリアとだなんて、ますます考えられないよ。)
「……それよりも、王室の専属運転手からある噂話を小耳にいれましてね。その運転手はホワイト王国から御生母様や御家族をレッドローズ王国の御邸宅まで送り届けたことがあるとか……」
「トルマリン、それは本当か?」
「詳しい住所は分かりませんが。どうやら御家族はレッドローズ王国にいらっしゃるようです。スポロンさんも同行されていたという話です」
「ありがとう。それがわかっただけでも成果だよ」
タルマンとトーマスが話し込んでいるとスポロンが玄関から姿を見せた。タルマンは慌ててトーマスに頭を下げる。
「では、失礼します」
タルマンはそそくさと運転席に乗り込み、車を車庫に移動させた。
「トーマス王太子殿下、あの者とあまり親しくしないように。もとはホワイト王国の農村出身で過去の記憶を喪失した運転手ですから。何故あのような者をマリリン王妃が専属運転手に起用したのかわかりません。何やら意図があるのやもしれません。お気をつけ下さい」
「それはどういう意味だ?」
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