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 「……いえ、深い意味はございません。マリリン王妃に対して言葉が過ぎました」


 マリリン王妃は元はスポロンよりも位の低いメイド、部下も同然だった。スポロンはマリリンが国王陛下に言い寄り王妃となられたことがよほど気にいらないのだろうと、トーマスは思った。


「スポロンに聞きたいことがある。あとで私の部屋に来るように」


「畏まりました」


 トーマスは王宮に入りメイドと一緒にエレベーターに乗り込んだ。


「あとで部屋に珈琲を運んでくれるかな? スポロンの珈琲も一緒に」


「畏まりました」


 メイドと一緒に三階で降り、メイドが部屋のドアを開けた。トーマスは部屋の中に入り、応接室の広いバルコニーに出る。その時に、ふと気付いた。そのバルコニーからは使用人宿舎が見えることに。しかもルリアンの部屋は確か三階だったはずだ。


 (遠くに見える使用人宿舎。

 あそこにルリアンがいるのに、自分は全く相手にされていない。このままだと本当にダリアと婚約させられてしまう。それくらいなら、王室を抜け出し母の元に戻りたい。)


 応接室のドアがノックされメイドが珈琲を運んで来た。と、同時にスポロンも姿を見せた。


「トーマス王太子殿下、私にお話しとは?」


「ソファーに座ってくれ」


「畏まりました」


 トーマスはスポロンと向かい合って座った。メイドは珈琲カップをテーブルに出してリビングから出て行く。


「何か内密なお話しでも?」


「スポロン、いや……じい。じいは私の味方か敵か?」


「トーマス王太子殿下から『じい』と呼ばれるとは、なんと懐かしい」


「じい、誤魔化すでない。私が昨日ホワイト王国に行ったことはもう知っているな」


「はい」

 

「九歳の記憶が失せると思うな。私は今でも鮮明に記憶している。じいがホワイト王国の農村に私と母を迎えに来た日のことを」


「トーマス王太子殿下……」


「あの時、私はじいに再会できて本当に嬉しかった。お父様にもお祖父様やお祖母様にも再会できて本当に嬉しかった。だが、その日を境に母や義父、弟と引き離されるとは思ってもいなかった。私の寂しさを紛らわせてくれたのはお父様とじいだけだった。お父様とじいは私の味方だと信じている」


「勿論でございます。私はトーマス王太子殿下のご幼少からの教育係でもあり執事なのですから。大変おこがましいですが、孫のように思っております」


 トーマスは珈琲を一口飲み、カップを下ろした。


「ならば答えよ。私の母や義父、弟をどこに追いやったのだ」


「追いやるとは心外でございます。トム国王陛下の命令により、『トーマス王太子殿下の御生母様に相応しい暮らしをさせよ』とのお言いつけで、新しき御邸宅を用意し執事やメイドも雇いその邸宅で働いております」


「お父様の命令で?」


「はい。詳しい住所を申すとトーマス王太子殿下が王宮を去られる心配があるため、私の口からメイサ妃の御邸宅をお教えすることはできません」


「じいはお父様の味方なのだな」


「そういう訳ではございません。パープル王国には国王陛下に続く王位継承者はトーマス王太子殿下しかおられないのです。御生母様が恋しい気持ちもわかりますが、トーマス王太子殿下はこの国の宝でございます。どうか、御生母様のことはお忘れ下さい。皆様はお健やかに暮らされております」


「そうか。パープル王国に囚われたわけではないのだな」


「当然でございます。国王陛下と離縁されても御生母様は妃の称号は王太后より与えられております。国王陛下の愛情も失せたわけではございません」


「お父様は母を裏切り浮気をしたではないか。しかも母に付いていたメイドに子を成すとは……。それでも愛情は失せてないと申すのか」


「これは推測ですがマリリン王妃の御懐妊は偽りであったとの噂もございます。全てはメイサ妃から国王陛下を奪うため……」

 

 その時、ノックもなしに不意にドアが開いた。そこに立っていたのはマリリン王妃だった。スポロンはマリリン王妃を目の当たりにして口を噤んだ。


「トーマス王太子、ダリアさんはお帰りになりましたよ。せめてお見送りして差し上げないと。女性はデリケートなのです。これはスポロン、トーマス王太子と何か内密なお話しでも?」


「とんでもございません。スケジュールのご確認です」


「スポロン、トーマス王太子に日曜日だけメイドをつけたそうですね。使用人のトルマリンの娘だそうですね。余計なことを。まあよい、トーマス王太子と二人きりで話がしたいため、席を外して下さいな」


「畏まりました」


 スポロンは恐縮した様子で、マリリン王妃に頭を垂れた。

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