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 トーマス王太子殿下はタルマンと同じ黒髪。パープル王国の王族は皆シルバーの髪色。


 王位継承者のトーマス王太子殿下が移民のはずはないが、トーマス王太子殿下によく似た黒髪の青年を遠い昔にどこかで逢った気がして懐かしい気持ちがした。


「……祖先が移民のわけないよなあ。私とは月とすっぽんなんだから」


 いきなりルリアンが目を覚まし、クンクンと鼻を鳴らす。


「お腹空いた。義父さん、もしかしてハンバーガーとポテト買ってくれたの?」


「そうだよ。もう午後八時だからな。ドリンクもある。トーマス王太子殿下のお口に合うかわからないが、起こして一緒に食べなさい」


「ありがとう。ねえ、さっき『月と鼈』って、また意味不明のこと言ってなかった?」


「知らないのか? やはりこの世界の言葉ではないのかなあ? 意味は『月も鼈も同じように丸いが比較にならないほど違いは大きい』という意味だ」


「ふーん。物知りなんだね。やっぱり本物の父さんじゃないかも。でも、トーマス王太子殿下も御生母様がいて、マリリン王妃が義母だとわかって、親子なんて血の繋がりは関係ないのかも。今が大事なのかな。義父さん、ハンバーガーちょうだい」


「はいはい」


 タルマンはルリアンの『親子なんて血の繋がりは関係ないのかも。今が大事なのかな』と言ってくれたことが心から嬉しかった。


 ナターリアと夫婦として暮らしているが、過去の記憶が全く思い出せないからだ。


「トーマス王太子殿下、起きて下さい。お腹空いたでしょう? ハンバーガーとポテトです」


 トーマス王太子殿下はルリアンに無理矢理揺り起こされ、目の前の食べ物に目を丸くする。

 

「ハンバーガー? それはなに? いい匂いがするけど、食べ物なのか?」


「やだな。ハンバーガーも知らないの? トーマス王太子殿下には粗末でも、私には贅沢な食べ物です。しかもポテトにドリンクまである。誕生日以来ですよ」


「これを誕生日に食べるのか? フルコースのディナーではなく?」


「これがフルコースです。不満なら王宮に戻るまで我慢しなさい。私が二人分食べちゃいますから」


 トーマス王太子殿下はハンバーガーを掴むと、ルリアンを真似て大きな口を開けて齧り付いた。


「美味い!」


「でしょう。これは庶民の御馳走なんですからね」


 車中で食べた初めでのハンバーガーに、トーマス王太子殿下はパクパクと食べ始めた。タルマンはその様子をルームミラー越しに見ながら、国王陛下にどんな責めを負わされても、この幸福そうな笑顔が見れたことで、もう思い残すことはないと思った。


 ◇


 ―パープル王国、王宮―


 タルマンの運転する車が王宮の玄関前に到着する。時刻は午後十時を過ぎていた。玄関前には専属運転手の上司、プーロン・ヘイトスとトーマス王太子殿下の執事兼教育係のアジャ・スポロンが待ち構えていた。


 タルマンが運転席から降りる前に、スポロンが先に後部座席のドアを開いた。


「お帰りなさいませ。トーマス王太子殿下。国王陛下と王妃が二階の応接室でお待ちです。これは……ルリアンさんも一緒でしたか? 仕事は午前中で終えられたはずでは?」


「スポロン、私が彼女に嘘を強要したんだよ。二人でデートしたくてね。運転手がまさかセブンの父親だとは、予定外だったが。夕食もご馳走になった。二人には今日の賃金と夕食代も支払ってくれ。くれぐれも彼らに処罰を与えてはならぬ。よいな」


「……はい、畏まりました」


 スポロンはタルマンとルリアンに視線を向けた。


「ヘイトスさん、トーマス王太子殿下がこう申されているので、今回はお咎め無しということでもう帰宅されて結構ですよ。トルマリンさん、そしてルリアンさん、本日の給金を支払うので夕食代の領収書はございますね?  事務室まで起こし下さい」


「は、はい!」


 ヘイトスはトルマリンはクビになると予測していたが、あまりの好待遇がよほど気に入らなかったのか、タルマンを睨みつけその場を立ち去った。


 タルマンとルリアンはスポロンに連れられ一階の事務室に向かう。トーマス王太子殿下は一人で王族用のエレベーターに乗り込んだ。

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