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「私がここにいたのは僅か二日でした。スポロンが迎えに来て、母と私はパープル王国の王宮に行きました。あの時……。家族以外のおじさんがいたような……」


「トーマス王太子殿下のおじ様ですか? それは王族の方ですか?」


「いや、私と同じ髪色をしていた気がするのですが、はっきり思い出せません」


「そうですか。私はこの先にある小さな村の出身でレッドローズ王国で出稼ぎしていたらしいのですが、七年前家の前の田んぼで行き倒れとなり、泥まみれの私を発見した妻が、リアカーに乗せて家に連れ帰ってくれたのです。でも記憶喪失で、自分の名前も年齢も住処もわからず、十日以上飲まず食わずで瀕死の状態だったそうですが、顔や体つきは夫に瓜二つだったため、妻は私を受け入れてくれました。娘のルリアンはまだ私を父だとは認めてくれませんがね」


「セブン、そうなのか?」


 トーマス王太子殿下はルリアンを見つめた。ルリアンはタルマンにバラされ、ばつが悪そうに口を尖らせた。


「だって顔は確かに似てるけど、私が生まれる前から出稼ぎで不在だったし、『御茶の子さいさい』とか訳の分からない言語を話すし、口調も実父とは違う気がして父とは認められないよ」


「ほらね。トーマス王太子殿下。一緒に住んでいても、親子というのはギクシャクするものです。御生母様はお優しい方、離れていてもきっとトーマス王太子殿下のことを思っていらっしゃいますよ。それに国王陛下も王妃もトーマス王太子殿下のことを愛してらっしゃいます。実は私を捜して王宮に呼んで下さったのは王妃なのです。何処の馬の骨かもわからない私を専属運転手として雇って下さるなんて、王妃は心の広いお方ですね」


「マリリン王妃がトルマリンさんを? そうだったんですね。マリリン王妃はレッドローズ王国出身でサファイア公爵家の元メイドです。母のお付きのメイドだったとスポロンから聞きました。トルマリンさんとマリリン王妃に何か接点があったのかもしれませんね」


 トーマス王太子殿下とタルマンの会話を聞きながら、ルリアンは不思議な気持ちだった。


 田舎者で仕事も続かないダメな義父だと思っていたタルマンが、マリリン王妃と接点があり、マリリン王妃の恩情で専属運転手に採用されるなんて、そんな偉大な過去があったとは思ってもいなかったからだ。


 (ダサくて、自分と血の繋がりがあるとは到底思えなかったが、少しだけ誇らしく思えた。もしかしたら義父ではなく本当に実父だったりして……?)


「さあ、感傷に浸っている場合ではありません。そろそろ帰りましょうか」


 タルマンはトーマス王太子殿下に帰国を促す。トーマス王太子殿下はその言葉に素直に従った。


 家族の行方は一切わからなかったが、それでも家族の元に一瞬でも戻れた気がした。


 公用車に乗り込むと、もう時刻は午後七時を過ぎていた。王室ではもう夕食の時間だ。


「スポロンに説教されるな。トルマリンさん一応無線で王宮の専属運転手に連絡して下さい。『私は友人と遠出をしたため帰宅が遅くなる』と。ホワイト王国に行ったことは言わないで下さい」


「畏まりました。すぐに連絡を入れます。御生母様の行方はきっとわかりますよ。いつか必ずや逢えます」


「ありがとう。マリリン王妃がトルマリンさんを雇った理由が少しだけわかった気がします。トルマリンさんは人情深い方ですね。セブンは幸せだな」


「はっ? 私? そうかな。そんなに義父を持ち上げなくても、期待外れかもですよ」


 タルマンは無線で連絡を入れ、上司の運転手にガミガミと説教されている。それでもひたすら『すみません、すみません。私のせいです。道に不慣れで迷ってしまいまして、急ぎ戻ります』と、トーマス王太子殿下を庇った。


 義父の違う一面を見たルリアンは、ちょっとだけタルマンを見直した。


 パープル王国の王宮に戻るまで、トーマス王太子殿下とルリアンは疲れて本当に眠ってしまった。


 夕食時間をとっくに過ぎ、タルマンは帰宅途中に見つけたハンバーガーショップでトーマス王太子殿下とルリアンのためにハンバーガーとポテトを購入した。


 王位継承者にハンバーガーとポテトだなんて、あまりにも失礼だとは思ったが、持ち合わせの金子も少なく、王宮に急ぎ帰らなくてはならないため、高級レストランにご案内することも出来なかった。


「運転手見習いもクビかもなあ。ナターリアが怒るかなあ」


 後部座席でぐっすり眠っている二人をルームミラーで眺めながら、タルマンは微笑ましく思った。

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