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それはルリアンもトーマスも聞いたことのない言葉だった。
「トルマリン、それは母国語ですか? 意味はわかりますか?」
「母国語? はて、パープル王国では皆さん使われないと? 『御茶の子さいさい』とは物事が容易に出来るという意味でございます」
「なるほど、トルマリンは物知りなんだな。セブンも知ってたのか?」
「知らないわ。トーマス王太子殿下、義父さんは記憶喪失だから、あまり信用しない方がいいですよ。義父さん、変な言葉をトーマス王太子殿下に教えないで」
「すまん、すまん。この国で使わない言葉だなんて知らなかったんだ。ルリアンはトーマス王太子殿下と随分親しいようだね。セブンだなんて、なかなかシャレた愛称じゃないか」
(どこが洒落た愛称なものか。義父さんはその意味すら知らないくせに。七人目のメイド、いや、女って意味なんだからね。ていうか、トーマス王太子殿下はどうしてホワイト王国に行きたいのだろう? しかも農村だなんて、特産品の林檎狩りでもしたいのかな?)
「トーマス王太子殿下はどうしてホワイト王国なんかに?」
「さっきセブンに話しただろう。私の生母に逢いに行くのです」
「御生母様に? 国王陛下や王妃の了承も得ず? だから極秘裏に? もしも王室の方々に知れたら……」
「セブンもトルマリンも罰せられるかもな」
「ひいい……」
トルマリンは慌てたせいか、急ブレーキとアクセルを踏み間違え危うく対向車に接触しそうになり、間一髪ハンドルを切り難を逃れた。
「義父さんのバカ! トーマス王太子殿下を殺すつもりですか! 私だってこの若さで死にたくないわ!」
「すまぬ、すまぬ。極秘裏のドライブとは。でもご安心下さい。私は運転だけには自信があります。ホワイト王国でトーマス王太子殿下の御生母様を捜し必ずや再会させてさしあげます。もちろん、今日のことは拷問されたって誰にも話しません。なあ、ルリアン」
「当たり前じゃない。拷問なんてされたくないし。義父さんも安全運転でお願いね!」
「わかってるよ。ではトーマス王太子殿下、あと一時間あまりでホワイト王国の国境です。寝たふりでもして、パープル王国のトーマス王太子殿下であることがバレないようにして下さいませよ」
(義父さんはやけに張り切っている。いつもボーッとしているのに、極秘任務を与えられまるで水を得た魚のようだった。)
ホワイト王国の国境では、トーマス王太子殿下はネクタイを外しポケットに入れた。二人はトルマリンに言われたように寝たふりをした。トルマリンは自分がホワイト王国出身である身分証明書を提示し、後部座席の二人は自分の息子と娘だと嘘をつき、国境を越えた。
トルマリンは駐在所で『ガイ・ストーン』の生家を問うと、駐在所の警官はトルマリンに所在地を教えてくれたが、こう付け加えた。
「ガイ・ストーンは報奨金欲しさに古民家にトーマス王子殿下を軟禁した罪で、今もパープル王国の王室警察の牢獄の中でしょう」
「パープル王国の牢獄ですか?」
「はい。ガイ・ストーンの所有している家屋や土地はトーマス王子殿下軟禁の罪で、トム王太子殿下がホワイト王国の警察に命じ没収致しました。即ち今も空き家のまま荒れ果てた廃墟となっております。誰も住んではいませんよ」
トルマリンはその話を聞き、頭を押さえて踞った。トーマス王太子殿下は車の中だ。駐在所に同行したルリアンはトルマリンに駆け寄る。
「義父さん? どうしたの? 大丈夫?」
「大丈夫だ。何でもない。頭がズキンと痛んだだけだよ。御生母様はもうそこにはいらっしゃらない。すでに廃墟だそうだ。パープル王国に引き返そう」
トルマリンは運転席に乗り込み、トーマス王太子殿下に事の成り行きを告げたが、トーマス王太子殿下はそれでも『ガイ・ストーンの生家に行きたい』と申し出た。
「畏まりました。実は私も何故か行ってみたくてなりません。一緒に参りましょう」
「ありがとう。トルマリン」
母や義父、弟に逢えると信じていたトーマス王太子殿下は、かなりショックを受けていたが、それでも僅かな期間四人で暮らした家を見たいと思った。
山道を走ること二十分、荒れ果てた土地に今にも崩れ落ちそうな廃墟があった。
トーマス王太子殿下はその廃墟を見つめ、涙を溢した。何故かトルマリンも感慨深そうに涙を溢した。
ルリアンは二人が何故泣いているのかわからなかったが、あの生意気なトーマス王太子殿下の涙を見て胸が締め付けられる思いだった。
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