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◇
ルリアンがトーマス王太子殿下の重厚な部屋のドアを両手で押し開けると、廊下にスポロンが立っていた。
「まだ昼前ですが、王太子殿下のメイドのお仕事は終わったのですか?」
「はい。今日は初日なのでこれでいいそうです。今日は応接室と寝室のお掃除をさせていただきました。朝食までいただきありがとうございました」
「あのトーマス王太子殿下がメイドとお食事を? そうですか。わかりました。お疲れ様でした
ルリアンは上手くスポロンに嘘をつき、使用人専用のエレベーターに乗り、一階のメイド専用のロッカールームで、私服に着替え逃げ出すように裏口を飛び出した。
『王宮の正門の外で木陰に隠れて待ってろ。いいな』
トーマス王太子殿下の命令に従い、探偵のように左右を見渡し誰もいないことを確認し、正門から少し離れた場所に植えられていた木陰に隠れてトーマスを待っていた。
トーマスはスーツに着替え、赤いネクタイを選び自分で結んだ。パープル王国の正装は必ず紫色のネクタイだが、トーマスは自分はレッドローズ王国の国民であるという意識の方が強かった。
ドアがノックされ、スポロンが入室した。
「もうメイドごっこは終了ですか? トーマス王太子殿下、どこかにお出かけですか?」
「スポロン、今日は初日だからもう終わりだ。学友と逢う約束をしたんだ。今から外出する」
「ご学友ですか? それでは私もお伴します」
「それは断る。いつまでも子供扱いしないでくれ。私も九月から王立シニアハイスクールなんだ」
「それでは護衛をつけます」
「スポロン、それも不要だよ。たまにはお忍びで自由にさせてよ」
「お忍びとは? ご学友はガールフレンドですか? 国王陛下や王妃が許可されないかと」
「ガールフレンドなんかじゃない。スポロン、それ以上詮索し、私を監視するならもう王宮には戻らないよ」
「畏まりました。それでは夕食までにはお戻り下さい」
スポロンを黙らせ、トーマスはとりあえず部屋を出る。
「運転手を一人頼みたいのだが」
「本日は国王陛下も王妃も公務で外出されておりますので、護衛車を数台つけておりますのでいつもの運転手は不在でございます。一人だけ見習いの運転手ならおりますが、王宮の近くにお出かけなら、大丈夫かと」
「見習いの運転手? それでいい。正面玄関に一台頼む」
「畏まりました」
トーマスは見習いの方が口止めしやすいと思い了承した。一階に降り、正面玄関に向かうと一台の公用車が停まっていた。運転手は黒髪でゲジゲジ眉毛の移民のようだったが、トーマスと同じ黒髪に親近感を抱いた。
運転手は運転席から降り、後部座席のドアを開けた。
「見習い運転手のタルマン・トルマリンです。お坊ちゃま、よろしくお願いします」
「お坊ちゃまではない。私はトーマスだ」
「こ、これは失礼しました。ト、ト、トーマス王太子殿下。どうかご無礼をお許し下さい」
「別にいいよ。トルマリンさんって……、もしかしてルリアンの?」
「はい、私の娘でして。今日はちゃんとお勤めを果たせましたでしょうか?」
「そうか。ルリアンのお父さんでしたか。乗ってもよろしいですか?」
「はい。どーぞ、どーぞ」
トーマスが後部座席に乗ったのを確かめ、トルマリンはドアを閉め、運転席に乗り込んだ。どうみても田舎者だ。王族の運転手に相応しくない。一体誰がトルマリンを雇ったのか、トーマスは不思議だった。
「赤いネクタイがよくお似合いですね」
トルマリンは下手なお世辞を言いながら、アクセルをゆっくり踏んだ。
「正門を出てすぐ大木の木陰に、もう一人乗せて欲しいんだ。行き先はホワイト王国の農村、ガイ・ストーンの生家だ」
「ガイ・ストーン? 私はホワイト王国の農村出身ですが、実は記憶喪失になっていまして、その者の家は知りません。地図を見ながら探しますね」
「よろしく頼む。今日の外出先は王室の誰にも言ってはならぬ。極秘にしなければ禁固刑だ。いいな」
「き、禁固刑!? 死んでも口外しません」
正門を出ると、トルマリンは大木の横に車を停めた。そこには可愛い花柄のワンピースを着たルリアンが隠れるように立っていた。トルマリンは車窓を開けてルリアンに声をかけた。
「ルリアン? ルリアンじゃないか。どうしたんだ?」
「やだ、義父さん? どうして義父さんが?」
「ごちゃごちゃ言わなくていいから、セブン早く乗れ。人目につく」
ルリアンはトーマスに促され車の後部座席に乗り込んだ。
「義父さん! まだ見習いでしょう。トーマス王太子殿下を乗せて大丈夫なの? 何かあったら死刑じゃすまないよ!」
「禁固刑の次は死刑!? 脅かすなよ。他の運転手はみんな出払っていて、私だけだったんだよ。それに行き先はホワイト王国の農村だそうだ。母国だし、御茶の子さいさいだよ」
「御茶の子さいさい? なにそれ?」
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