【7】十点メイドに恋をした

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 ◇


 どうすればルリアンがトーマスに興味持ってくれるのか、王太子という立場であるトーマスにこんな態度をする女子は今まで一人もいなかった。


 ルリアンの前で偉そうな態度を取ったり、わざと挑発的な誘惑をしてみたが、ルリアンの反感をかうだけでトーマスに靡く気配は微塵も感じられない。


 トーマスは王位継承者であり、国王陛下や王妃から女性と容易く交際してはならないと注意されていたため、王立ジュニアハイスクールでも公爵令嬢や伯爵令嬢から告白されたことはあるが、全て断ってきた。


 トーマスは国王陛下の言いつけに素直に従ってきたため、正直な話、女子と交際をしたこともなければ、異性にキスをしたこともない。


 でも自分がルリアンよりも一歳年下だとバレたら、もっと馬鹿にされる気がして年齢も明かしてないし、わざと大人ぶってみたが、ルリアンはずっと不機嫌だ。


 でもトーマスの目の前で上品振る令嬢よりも、豪快に朝食を頬張るルリアンが可愛いと思った。自分を良く見せようとトーマスに媚びる令嬢と真逆な性格で着飾らない姿が、トーマスの目には新鮮に映った。


 トーマスは気持ちを落ち着かせるために、一旦シャワールームに消え、どうすればルリアンから好かれるかあれこれ考えるが、よい知恵は浮かばない。長い時間バスタブに浸かり、ようやくシャワールームから出ると、ルリアンは生真面目にサボることなく、汗だくになりながら必死で部屋の床掃除をしていた。


 掃除は清掃係のメイドが毎日しているから、常に床もピカピカだ。適当にやった振りをして手を抜けばいいのに、本気で床を磨いている姿にトーマスは感動すら覚えた。


 それなのに素直になれないトーマスは、ルリアンに「シャワー浴びてきたら」とか「ベッド綺麗になってるね。ベッドメイキングできるんだ。二人で使ってみる?」とか、ルリアンを挑発してみた。


 烈火のごとく文句を言い放つ唇を優しく塞ぐ。


 (……だって可愛かったから。)


 唇を離すとルリアンは真っ赤になった。


「キ、キ、キス!? 私のファーストキスを!?」


「えっ? ファーストキスだったのか? だったらもっと丁寧にするべきだったね。ごめん。もう一回やり直しする? これはご褒美だからさ」


 (まさか……はじめて? 私と一緒だ。お互いがファーストキスだったなんて、運命すら感じる。)


 トーマスに殴りかかったルリアン。その拳を瞬時に避けた。


「いい度胸してるな。もしも私を殴っていたら、両親ともども処刑されるかも。私が許しても国王陛下や王妃はお許しにはならないだろう。覚悟できてる?」


「……処刑」


 トーマスはルリアンに殴られても仕方がないくらいの暴言や無礼の限りをしているが、本当に顔に痣でも作ったら、国王陛下も王妃も問答無用でルリアンや家族に罰を科すだろう。


 (それだけは阻止しなければ。もう怒らせるのは終わりだ。それに仔豚の下着がチラチラ見えるメイド服も自分には刺激的すぎる。)


「もうメイド服を着替えていいよ。今から外出するから付き合え」


 トーマスは鼓動のドキドキがルリアンにバレないように命令口調で威張ってみせた。


「何処へ行くのですか?」


「それは車に乗ってからだ。私の外出先に同行するのがセブンの仕事だよ」


「外出に同行すればいいのですね」


「そうだ。行きたいところがある。スポロンにも内緒だ。着替えたら『今日の仕事は終わった』とスポロンに報告し、王宮の正門の外で木陰に隠れて待ってろ。いいな」


「スポロンさんにも内緒ですか? わかりました。待ってます。だから両親を処刑しないで下さい」


 (当たり前だ。そんなことするはずない。)


 トーマスにはどうしても行きたいところがあった。ルリアンがホワイト王国の農村出身であることはスポロンから聞いて知っていたからだ。


 (母や義父、弟はホワイト王国の農村に今もまだいるはずだ。もう一度、家族に逢いたい。)

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