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「な、なに? 王太子殿下は食べないのですか?」


「いや、食べるよ。まるで何日も食べてない人が久々の食事にありついたみたいな食べ方だったから。くくくっ……」


「失礼ね。食事は粗末にしてはいけないと両親から教わってるから、食べ残さないように無理して食べてるのよ。食事を終えたらどうすればいいの?」


「俺とシャワー浴びる」


「はっ!?」


 ルリアンは持っていたフォークを思わず落とした。


 (日替わりのメイドって……、王太子殿下専用の『女』って言う意味なの?)


 ルリアンは緊張して顔がガチガチに強張ってきた。もう食事が喉を通らない。


「アハハッ。君って本当に面白いよね。セブン、顔が蝋人形みたいに固まってるよ。ブラックジョークに決まってるだろ。私がシャワーを浴びている間に、ベッドメーキングと寝室の掃除をしておいて」


「ブラックジョーク……。朝から変なことばかり言うのは止めて下さい」


 ルリアンは更に真っ赤だ。

 それもまた可愛いとトーマスは思った。


 朝食の後、食べ過ぎてはち切れそうなメイド服のまま、トーマスがシャワーを浴びている間に、ルリアンはベッドメイキングをして、広い寝室や応接室をひたすら掃除した。


 いつまで経ってもトーマス王太子殿下は出てこない。ルリアンは薔薇の花びらでも浮かべたバスタブでまた寝てるんじゃないかと、 半ば呆れながらも、汗だくになりながら床掃除をしていた。


 するとシャワーでさっぱりしたトーマスが、額に汗を滲ませているルリアンを見て言い放った。


「セブン、シャワー浴びてきたら? 水被ったみたいにビシャビシャだけどどうしたの?」


 掃除をしろと命じたのはトーマスなのに、空々しい様子に怒りすらわいてくる。さっき食べた極上の朝食や極上のドリンクが体中の毛穴から噴き出しそうだった。


「いえ! 結構ですっ!」


「あっそ?」


 トーマスはさらに口元を緩ませながら、隣室のベッドルームに視線を移した。


「ベッド綺麗になってるね。ベッドメイキングできるんだ。二人で使ってみる?」


「……はあ?」


「だから、二人で使ってみる? どれくらいキモチいいか」


 突然ルリアンがぶち切れた。


「あのね! さっきからエッチなことばかり言って、馬鹿じゃないの?」


「俺が馬鹿? 俺は学年でトップだよ」


「そういう意味じゃなくて、日替わりメイドと、毎日そういうエッチなことばかりしてるんでしょう」


「キモチいいか確かめたいのは、シーツの触り心地のことだけど。変な妄想したとか?


「……シーツ? 嘘! 信じられない! いくら王太子殿下でも立場を利用して女子にこんな制服着せて、パンチラ見て楽しむなんてド変態だよ。フルコースの朝食で私の体が自由になるなんて思わないで。そんな安っぽい女ではありませんから」


「日曜日は、セブンは私の専属メイドだから。君の体は私の自由にできるんだよ」


 トーマスはそう言って口角を引き上げた。


「バ、バカな事を言わないで! 王太子殿下だからって、女子がみんな擦り寄るなんて自惚れないで」


「そうかな? みんな私のことを羨望の眼差しで見てる。まるでキスをねだるみたいに」


 文句言っているルリアンの唇に、トーマスが軽くキスをした。ルリアンの動きが一瞬止まった。


「いまの……なに……」


「あまりにも煩いから、黙らせた。ご褒美のキスもまだだったし」


「ご褒美のキス……?」


「綺麗にベッドメイキングしてくれて、汗だくで床掃除までしてくれたご褒美だよ。ルリアン、ありがとう」


「キ、キ、キス!? 私のファーストキスを!?」


「えっ? ファーストキスだったのか? だったらもっと丁寧にするべきだったね。ごめん。もう一回やり直しする? これはご褒美だからさ」


 ルリアンは思わず拳を握りトーマスの顔面目がけて振り上げたが、瞬時に交わされた。


「……私は他のメイドとは違うわ。こんなご褒美はいらない。もう二度としないで」


「いい度胸してるな。もしも私を殴っていたら、両親ともども処刑されるかも。私が許しても国王陛下や王妃はお許しにはならないだろう。覚悟できてる?」


「……処刑」


 ルリアンは全身から血の気が引くのがわかった。この生意気な少年は王太子殿下なのだ。王太子殿下のバックには国王陛下や王妃がいる。


「でも今の無礼は秘密にしてやる。ただし、私の言うことを何でも聞いてくれるならね」


「私の体は好きにさせないから!」


「君の体に興味はないよ。仔豚を見せられたらそんな気も失せる」


「仔豚……」


 ルリアンは慌ててメイド服のワンピースの裾を引っ張ってお尻を隠した。皮肉にもナターリアの買ったダサい下着がルリアンの身を守ったのだ。


 再び「くくくっ」と笑い出したトーマスに、ルリアンは怒りを感じながらも何故か拍子抜けした。

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