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「わ、わ、トーマス王太子殿下、どうかお許し下さい」


 (お許し下さい? もしかして、ルリアン何か勘違いしてる?)


「何を許せと? 私の上に漬物石みたいに乗っかっているのは、君だよ。仔豚の抱き枕かと思った」


「……っ、漬物石? 仔豚? きゃあ! ド変態! 見たのね! ずっと見てたのね!」


「私は仮にも王太子だよ。ド変態とは無礼な。そんな口を聞いていいのかな? モーニングキスで優しく起こせと言ったはずだよ」


「こんな状況で、モーニングキスですって? ふざけないで。離して、大声をあげるわ」


「君はとことんおバカさんだね。こんな広い部屋で大声を上げても、廊下にいるスポロンに聞こえるわけがない」


「ス、スポロンさんは廊下にいるの!?」


「私に何かあれば、ベッド脇の防犯ブザーを鳴らすことになっている。そうしたら、スポロンだけではなく、警備員が総動員だ」


「警備員が総動員……」


「朝市のピストルゲームではなく、本物のライフル銃で突入かもな」


「ひいい……」


 (私が防犯ブザーなんて押すわけないのに、ルリアンはブラックジョークを信じて顔を引き攣らせている。やっぱり可愛いな。そろそろ許してやるか。)


「ルリアン、日替わりのメイドはみんな優しく頬にキスをして起こしてくれるんだよ」


「……頬にキス」


「ほら、こんなに近くに顔がある。やってごらん」


 ルリアンは不服そうに口を尖らせたが、観念したのかトーマスの上に乗っかったまま頬に軽くキスをした。


 トーマスは満足したように、ルリアンの体を解放した。ルリアンはメイド服のワンピースの裾を引っ張りながら、「フンッ」とそっぽを向いた。


 ルリアンの腕にはメイサ妃の腕時計が光る。


「今日の起こし方は遅刻もしたし、モーニングキスも下手だったし、仔豚の下着だし、十点だな」


「じゅ、十点!?」


「そっちこそ、この贅沢三昧な部屋で毎夜毎夜公爵令嬢や伯爵令嬢を招いてパーティでもするのでしょう。日替わりでメイドにわざとモーニングキスさせて採点するなんて、サイテーな三十点王子ですね」


 売り言葉に買い言葉、ルリアンはつい思ったことを口にし、思わず両手で口を塞ぐ。


「侮辱罪だな」


「も、申し訳ありません。王太子殿下が乱暴な真似をされるからつい……」


「モーニングキスが百点になるまで追試だな。それと私は毎夜毎夜パーティーなどしていないから」


「わかってます。申し訳ございませんでした。あの……私は何したらいいのでしょうか?」


「そうだな。先ずは空腹を満たす。私と一緒に朝食だ」


「えっ? 私が朝食の配膳をするのではなく、一緒にですか? 私はもう自宅で朝食は済ませてきました」


「何で食べてるの? 私と一緒に食事をするのは仕事のひとつだ。スポロンから聞いてなかったのか?」


「聞いてませんでした」


 トーマスはルリアンの腕を掴み、隣室の応接室に向かう。豪華なダイニングテーブルの椅子に座らされ、トーマスがサニタリールームで洗顔を終えるまでじっと待たされた。


 ドアがノックされ、給仕係のメイドが数名入室し、運んできた朝食がテーブルに並んだ。


 他のメイドが着ているメイド服は、ルリアンの着用している物とはスカート丈が明らかに異なっていた。膝下まである茶色のワンピース。薄紫色のエプロン。メイドはルリアンをチラッと見たがノーリアクションだが目だけは笑っているように見えた。


 ルリアンのメイド服は明らかにハロウィンのコスプレ用に過ぎない。そして他のメイドはルリアンを可哀想な生け贄くらいに思っているに違いない。


 だが目の前のテーブルにズラリと並んだ料理は、ルリアンが口にしたことがないくらい豪華なものだった。


 朝からフルコースとはさずが王族の朝食だと、ルリアンは感心しながらクンクンとスープの匂いをかぐ。


「……いい匂い」


 シルクのパジャマのまま、トーマスはダイニングテーブルに近付く。室内で待機していた給仕係のメイドに退室を命じた。メイドは深々とお辞儀をして退室した。


 室内には二人きりだ。

 パンとコーヒーだけで済ませた朝食。ルリアンのお腹が「グウーッ」と小さな音を鳴らした。


 トーマスはクスリと笑いながら、椅子に腰を落とした。


「朝食はもう食べてきたのでは? では一緒に食べましょうか」


 トーマスは『どうぞ』とルリアンに手で合図をした。まるで『待て』を解かれた仔犬みたいにルリアンは「いただきます」と両手を合わせ、バクバクと料理を口に運んだ。テーブルマナーなんて無視だ。


「……くくくっ」


 トーマスは堪えきれずルリアン見て笑った。

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