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 ◇


 深夜に目覚めたトーマスはルリアンが本当に王宮を訪れるか半信半疑でなかなか寝付けず、そのまま日曜日の朝を迎えた。トーマスが午前九時を指定したのは、あまり朝早い時間だとルリアンが大変だろうと気を使ったからだ。


 深夜から眠れなかったトーマスは、ルリアンが来るのを今か今かと待ってるうちに、睡眠不足から朝方ようやく眠りに落ちた。


「トーマス王太子殿下、九時になりました。起きて下さい」


 夢うつつ、天使のような可愛い声がした。

 それはスポロンとは異なり、小鳥の囀りのように心地よかった。


 (彼女が本当に来てくれた。半ば諦めていただけに心の中では『やったあ』と万歳している自分がいる。瞼をそっと開けると可愛い彼女と目が合った。)


 (な、なんだこのメイド服は? スポロンが与えたのか? サイズ合ってないだろ。彼女には小さすぎる。ベッドで横になっていると、短いワンピースから彼女が動く度に下着がチラチラ見えた。見る気はないのに、見えちゃうんだよ。しかもピンクの仔豚だ。)


 (これはウケ狙いなのか? 私が変な気を起こさないために、わざと仔豚? こんな模様の下着を穿くのは幼児くらいだろ。)


 トーマスはプッと吹出しそうになるのを必死で我慢した。


 約束の時間は午前九時だ。本当は時間なんてどうでもよかったが、わざと意地悪をして、『五分遅い』と文句を言った。


 ルリアンは『九時一分』だと言い張る。

 相変わらず気が強い。ルリアンを見ていると、トーマスは実母を思い出す。ルリアンと話していると、実母と話しているような気持ちになれた。


 トーマスはニヤけそうな顔を、わざとキリッとさせ、ルリアンの腕をグイッと掴んだ。


「何? これ? 玩具の時計? わかった、露天商でピストル打って当たれば貰えるって噂の時計? 凄いな、本当に景品であるんだな」


 ルリアンがつけていたのは、女子に大人気のキャラクターのガラスの靴の時計だったが、若干時間に誤差があった。多分電池切れか不具合が生じて故障しているんだろう。


 トーマスは七年前王宮に来た時、母の愛用していた腕時計をドレッサーの抽斗からこっそり取り出し、悪戯心でズボンのポケットに入れていて、帰宅したらそっとドレッサーの抽斗に返すつもりだったのに、お祖父様であるトムカ国王陛下が亡くなり、そのまま実父のトム王太子殿下が新国王陛下となり、実母と義父のところにはそれきり戻ることが出来なくなった。


 幼い頃は、その腕時計を母だと思い泣きながら一緒に眠ったこともあった。時計の電池が切れたらスポロンが入れ替えてくれ、今も大事にしている時計だった。


 トーマス王太子殿下はキングサイズのベッドのサイドテーブルの抽斗から、赤いベルトの時計を取り出しルリアンに渡した。


 ルリアンの掌の上で、時計がぴかぴか光っている。数字盤の横にはキラキラ光るダイヤモンド。トーマスは二度と母に逢えないのなら、ルリアンに持っていて欲しいと思った。


「こんな高価な品物を貰うわけにはいきません」


 (やっぱりな。ルリアンならそう言うと思った。公爵令嬢のダリアなら嬉しくなくても、偽りの笑顔を浮かべて受け取るだろう。)


 トーマスはルリアンに『自分はマリリン王妃の実子ではない』と話した。他国から来たルリアンは何も知らなかったからだ。その話をしたら、ルリアンは腕時計を受け取ってくれた。


 まだ二回しか逢ってないのに、トーマスはルリアンが母の腕時計をつけてくれたことが嬉しかった。


 嬉しさのあまり『なーんてね』と照れ隠しに言いながら、再びルリアンの腕を掴みグイッと引っ張ると、ルリアンは体勢を崩して、こともあろうにトーマスの体の上にドスンと倒れた。鼻先が触れそうなくらい顔は近く、ルリアンは頬を真っ赤に染めた。


 ほんの悪戯心から始めた、これはメイドごっこだ。日替わりのメイドなんていない。トーマスとスポロンの嘘。食事係のメイドや室内の清掃係のメイドはいるが、トーマスの専属メイドは一人も傍に置いていない。


 いつも傍にいるのは、口煩いが気心が知れ、顔は厳ついが優しい『じい』のスポロンだけで、トーマスはメイドが傍にいるのは煩わしくて嫌いだった。


 だけど、純朴で可愛いくて生意気なルリアンにトーマスは一目惚れしてしまった。


 ルリアンはトーマスよりも一歳年上だ。

 トーマスが年下だとしれば、相手にしないかもしれない。


 だからトーマスは出来るだけ偉そうに威張ってみせた。実年齢も誤魔化すつもりだ。


 もしもルリアンと本気で恋に堕ちたら、公爵令嬢との婚約はきっぱり断る。


 それに、ルリアンと一緒なら王宮を抜け出し、母や義父、弟の住む家に逢いに行けるかもしれないと、微かな希望を抱いた。

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