33
(いや、勘違いだよ。目の錯覚。)
このゴージャスな部屋と王太子殿下という立場がこの少年をカッコよく見せてるにすぎない。
トーマス王太子殿下は枕元に置いてあったいかにも高級そうな時計に視線を移すと、眉間にシワを寄せてガバッと起き上がった。
「何をしてるんだ。五分も過ぎてるではありませんか」
「五分? そんなわけありません。私の腕時計は九時一分です」
「九時一分? 見せろよ」
トーマス王太子殿下に腕をグイッと掴まれ、ルリアンの鼓動はドキドキと音を早めた。
「何? これ? 玩具の時計? わかった、露天商でピストル打って当たれば貰えるって噂の時計? 凄いな、本当に景品であるんだな」
(露天商でピストル? 失礼な。これは義父が十七歳の誕生日に朝市で見つけた掘り出し物ですよーだ。)
「失礼ね! このキャラクターを知らないの? これは有名なガラスの靴の童話の腕時計です。ほら、ガラスの靴見えないの?」
「ガラスの靴の童話? もしかして、義姉に虐められてた女子が魔法使いの温情により高貴な令嬢に化けて舞踏会に侵入して、わざと片方だけガラスの靴を脱ぎ捨てて王子様と結婚するって話? ふーん。そんな話を信じてるんだ。王子様と結婚したいのか? 私はこの国の王子様なんだけど」
ニヤッと口角を引き上げたトーマス王太子殿下の手を思わず払いのけた。
「あの純愛の物語を、そんな捻くれた読み方しかできないなんて、トーマス王太子殿下は文学は苦手なのですね。王立ハイスクールで母国語は赤点では? 私はこの国の王子様と結婚なんてしたくありません。自惚れないで。この童話の王子様はめちゃめちゃイケメンで心優しい人なんだから」
(でもガラスの靴の魔法が解けて、長靴やサンダルに戻らなかったのは不思議だけどね。)
「君はジョークも通じないのか? 一国の王子が特別な理由もなく一般人と結婚するはずないだろう。その時計はすでに狂ってる。いい加減な時間しか表示しないのは時計とは言わないんだよ。ほら、これを使え。私は時間にルーズなメイドは嫌いなんだ」
(私は午前九時までグーグー寝てる王太子殿下なんて、大嫌いだよ。)
トーマス王太子殿下はキングサイズのベッドのサイドテーブルの抽斗から、赤いベルトの時計を取り出すとルリアンに渡した。
ルリアンの掌の中で、時計がぴかぴか光っている。数字盤の横にはキラキラ光るダイヤモンドが装飾されていた。
(まさか……。ダイヤモンドが散りばめられた腕時計をメイドの私にくれるはずはない。でも確かに私の時計とは明らかに数分異なる。やはり朝市の掘り出し物は不良品だったようだ。)
「こんな高価な品物を貰うわけにはいきません」
「それは私の母のものだ。女性用だから使用できない。私から君にあげると言ってるのに、それをいらないとは無礼にもほどがある」
「お母様とはマリリン王妃ですか? それなら尚更いただけません」
「君は本当に何も知らないんだな。マリリン王妃は私の義母だよ。マリリン王妃は君と同じメイドだった。私の生母は他にいる」
(それは噂で聞いていたけど……。新人メイドにもペラペラ話すんだ。)
「トーマス王太子殿下の御生母様は王宮にはいらっしゃらないのですか? マリリン王妃が元メイドだったなんて、玉転がしではありませんか」
「玉転がし? 君こそ文学は赤点だろ。玉転がしではなく、それを言うなら玉の輿だ。でも君の好きなその時計のヒロインみたいに私はマリリン王妃から虐められてはいないけどね。寧ろ、生母以上に溺愛されているくらいだ」
「御生母様からいただいた品物をメイドの私なんかに……。これはトーマス王太子殿下の宝物ではありませんか?」
「宝物か……。使用できないものはあっても意味はないからね。時間が戻せるものなら、七年前に時計の針を戻したいが、童話のように魔法使いがいない限り無理だろう。だから、君にあげるんだよ。もう不要だ」
「……トーマス王太子殿下がそんな辛い想いをされていたなんて、私、全然知りませんでした。仕事の日には必ず使用させていただきます」
ルリアンは自分の腕時計を外しエプロンのポケットに入れ、トーマス王太子殿下からいただいた腕時計をつけた。高価な腕時計はルリアンには不釣り合いだとは思ったが、トーマス王太子殿下の気持ちが少しでも癒されるならばと思ったからだ。
「ありがとうございます。大切にします。以後、遅刻は致しません」
「そうか。わかってくれたか。なーんてね」
「えっ?」
次の瞬間、再び腕を掴まれたルリアンはグイッと引っ張られ体勢を崩して、こともあろうにトーマス王太子殿下の体の上にドスンと倒れた。
メイドのワンピースは超ミニだ。倒れたと同時にワンピースの裾がひらりと捲れ、こともあろうにピンクの仔豚が顔をだした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます