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「ここが、トーマス王太子殿下のお部屋です」


「……はぁ」


 ルリアンは王宮の豪華な装飾品に圧倒され、ますます気鬱になり口からため息が漏れた。


「『……はぁ』ではありません。『はい』と返事をしなさい。ルリアンさんは日曜日だけとはいえ仮にもトーマス王太子殿下の専属メイドなのです。他のメイドや下働きの使用人に示しがつかないでしょう。いいですか、決して粗相はなさらないように。トーマス王太子殿下を怒らせるような真似をしてはなりませんよ」


 (トーマス王太子殿下、トーマス王太子殿下といちいち口煩い執事だな。私は日曜日だけに過ぎないのに。両親が解雇されないために渋々来ているだけだ。そもそも口笛ごときで意地悪するなんて、王太子殿下のくせに器が小さいんだよ。毎日他のメイドもこんな風に扱われてるのかな?)


 ルリアンは不満に思いながらも、仕方なくスポロンに返事をする。


「はい。畏まりました」


 スポロンは腕時計を見ながら、ドアを開けた。


「いいですね。今二分前です。九時ジャストに起こして下さい。トーマス王太子殿下は時間には正確で大変厳しい方です。わかりましたね」


「……はぁ。じゃない、はいはい」


「『はい』は一回でよろしい」


 ルリアンは思わず首を竦めた。


 (折角の休日に人を王宮に呼びつけといて、もう九時なのにまだグースカ寝てるなんて、ありえないんですけど……。時間厳守って、そっちが早起きしなさいよ。)


 ルリアンはスポロンに部屋に押し込まれ、重厚なドアは閉まる。目の前に広がる光景に思わず息をのんだ。


 その部屋の広さは、ルリアンが通っていた村の幼稚園の園庭くらいあり運動会が出るほどの広さだった。その広い部屋の中央に金糸や銀糸で彩られた豪華絢爛なソファーが数多く置かれていた。


 (毎夜毎夜公爵令嬢や伯爵令嬢を招いて、この部屋でパーティでもするのだろうか。サイテーな三十点王子だ。)


 飾り棚には金の宝飾品や、高級絵画が飾られている。


 (とても……子供部屋には見えない。まるで一流ホテルのVIPルームだ。ていうか、一流ホテルなんて泊まったことも見たこともないけど。庶民は貧しい暮らしをしているのに、王族は贅沢三昧だな。)


 ルリアンは広い部屋を見渡すが、ベッドは見当たらない。広い部屋の右側に、幾つかドアがあった。多分、王太子殿下専用のバスルームやクローゼットなのだろうと思った。


 室内のドアのひとつをノックして開けると、キングサイズのベッドが中央にあり、広いベッドの真ん中でトーマス王太子殿下が、ぐっすり眠ってた。


 (九時ジャストに起こせ? いつまで寝てる気? とっくにお天道様は出てるんですけど。一分、二分遅れたって、多少かわりはしないでしょう?)


 それでもルリアンはスポロンに言われた通り、腕時計に視線を落とした。あと数秒で九時ジャスト。


 (しかし広いな。この寝室も私達家族の宿舎よりも広い。こんな広い部屋で一人で寝たら、私なら恐くて、金縛りにあっちゃうよ。ひとりぼっちで寂しくないのかな?)


「……よし、九時ジャスト。トーマス王太子殿下、九時になりました。起きて下さい」


 (……って、こんな感じでいいのかな?)


「……んーー? いま九時?」


 眼鏡をかけてないトーマス王太子殿下が、少し眩しそうに瞼を開けた。昨日の生意気な態度とは異なり、ベッドの中で微睡むトーマス王太子殿下は同年代の少年に見えた。


 (眼鏡をかけてないとなんだか別人みたいだ。寝起きなのに二重瞼の大きな目、黒い瞳が、黒真珠みたいに美しい。私はその瞳に真っ直ぐ見つめられて、思わずドキッとした。)

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