【6】三十点王子

31

 ―パープル王国、使用人宿舎―


「えー! ルリアンも働かせて貰える事になったのか? しかもトーマス王太子殿下のお側に仕えることができるとは。よかったなあ、母さん」


「そうね。父さん。これでルリアンにお小遣いをあげなくてすむわね。助かるわあ」


 ルリアンが無理矢理日曜日にメイドをさせられる話を聞いても、タルマンとナターリアは年頃のルリアンの身を案ずることもなく、目の前で抱き合って喜んでいる。


 (ありえませんから。普通は娘のことを心配するでしょう? 十七歳の私が同世代の王太子殿下の日替わりメイドって、絶対にありえないんだから。大体、トーマス王太子殿下って何歳なのよ? 生意気だし、私より年上なんだよね? どちらにしても私には拒否権はないのだ。この両親が解雇されないためには、日曜日に働くしかない。)


 義父タルマンはマリリン王妃の専属運転手に採用され、母ナターリアは炊事場の皿洗いに採用された。タルマンがマリリン王妃の専属運転手に大抜擢されるなんて珍事だと、ルリアンは思った。


 移民で記憶喪失のタルマンをマリリン王妃が雇うなんて、天と地がひっくり返るくらいの大事件だからだ。


 手放しで喜んでいるタルマンを横目で見ながら、義父は一体何者なんだろうと不思議に思った。


 ルリアンにはそれが王室の七不思議のひとつになった。もちろん七不思議の二つ目はルリアンがトーマス王太子殿下の日替わりメイドとして仕えることだ。


 ◇


 翌日、せっかくの日曜日なのにルリアンは宿舎を出て王宮に向かう。通用門の警備室で身体チェックを受け、使用人専用入口に向かう。入口の左右には警備の者が立っている。


 (厳重だな。鼠も入り込む隙はない。)


 チャイムを鳴らすと直ぐにドアが開き、スポロンが出てきた。威圧感があり人相も怖い。


「ルリアンさん、遅いですよ。約束の時間まであと十分しかありません。急いで制服に着替えて下さい」


「はい」


 (まだ十分もあるのに、口煩い執事だな。)


 スポロンに渡されたのはメイド服だった。

 黒のワンピースに、白のレースがふんだんに使用されたエプロン。制服というより、ハロウィンのコスプレみたいだ。


 (冗談でしょう? 私にこれを着ろと? 悪趣味にもほどがある。)


 ルリアンは仕方なくメイド専用のロッカールームに入り、渡された制服を身につけた。制服は超ミニのワンピースだった。


 (屈むと下着が見えちゃうよ! もしかして、それがトーマス王太子殿下の狙い!? このド変態が!)


「……やだあ」


 ワンピースの裾を引っ張ってみるが、ギリギリのラインだ。今日ルリアンが穿いている下着はピンクのアニマル柄、はっきり言えば仔豚だ。ナターリアが農村の衣類を扱う商店で大量に買ったアニマル柄の一枚だ。


 (最悪だ。こんな柄パン三歳児並、いや、三歳児も穿かないよ。こんなに超ミニならもっとセクシーな下着を穿いてくればよかった。ていうか、そんなの一枚もないし。)


 (私、何を考えてるんだろう。トーマス王太子殿下にパンチラするつもりなんてないのに。バカみたい。)


 トントンとドアがノックされた。


「ルリアンさん、まだですか? 時間切れですよ。早くして下さい」


「はい、着替えました。すぐ行きます」


 ルリアンは直ぐさまロッカールームを出て、スポロンと使用人専用のエレベーターに乗り込む。スポロンはこの制服姿を見ても顔色ひとつ変えない。


 (日替わりメイドは全員この制服なの? あきらかに悪趣味だ。いや、嫌がらせかド変態のどちらかだ。)


 エレベーターのドアが三階で開くと、目の前にはエントランスのような広々とした空間が広がる。勿論、床は大理石だ。その左右には幾つものドアがあったが、この間の応接室とは異なる。しかもどの部屋も室内ドアとは思えないほどの重厚なドアだった。


 エレベーターから降りて、右から三番目の一際大きなドアの前でスポロンは立ち止まった。


 (さすが王宮だ。使用人宿舎とは大違い。このドアは防弾ドアだ。あの少年は本当にトーマス王太子殿下だったとは。)


 ルリアンは急に怖じ気づき、思わずゴクンと息を飲む。王族は使用人に手が早いと聞いたことがあるし、噂ではパープル王国のマリリン王妃は後妻で、前妻のメイサ妃のお付きのメイドだったとナターリアから聞いたばかりだからだ。


 ナターリアはメイドが王妃になれるなんて、ルリアンにもチャンス到来だと昨晩タルマンと二人で盛り上がっていた。


 (私は王族の生け贄か……。)

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