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「そんな一方的に……。親権はメイサにあるはずだ。実の両親である私達は蚊帳の外ということか。司法に任せればトーマスを取り戻せる」
「そんなことをしたらスキャンダルになるわ。私はトーマスの幸せを一番に考えたい。真実を知らないまま王位継承者として生きていく方が幸せなのかもしれない。でもあとから真実を知らされたら、その時トーマスが苦しむと思うの。だから事前に知った上で選択させてやりたいと思ってる。私は間違ってるかしら?」
「メイサ……。王宮に二人で行こう。トーマスに逢いに行こう。国王陛下や王妃を交えてちゃんと五人で話し合おう」
「私達が謁見を許されるはずはないわ。門番に追い返されるに決まってる」
「だったら王立ハイスクールの前で待ち伏せしよう」
「今は夏休みよ。それにトーマスは王太子殿下なのよ。いくら実の親でもその場で王室警察に逮捕されるわ」
「だったらどうすればいいんだよ。私達はただ黙って見守るしかないのか」
レイモンドは苛立ちを隠せなかった。自分が現世に戻れないことも重なり、現世に残した美梨と昂幸の身にも同じことが起きているのではないかと、不安にもなった。
リビングのドアが開き、ユートピアがレイモンドに抱き着く。そのぬくもりを肌で感じながら、現世に残してきた優も父のぬくもりを知らないまま七歳になっているのだろうと思うと心苦しかった。
「パパ、夕食が出来たよ。ご飯食べたら一緒にお風呂に入ろう」
「そうだな。ユートピア、一緒にお風呂に入ろう。メイサ、夕食の支度ができたそうだ。さあ、降りよう」
「そうね。ユートピア、今日の夕食は何かしら?」
「今日は仔羊のステーキとコーンスープとパパやコーディが持って帰ってくれたお土産で作った野菜のサラダだって。デザートはエルザがアップルパイを焼いてくれたよ」
(アップルパイ……。林檎農園に行ったはずのキダニはいまだに行方不明。七年前に乗って出たガイ・ストーンの軽トラックも見つからなかった。もしかしたらキダニは一人で現世に戻ってしまったのだろうか。俺をこの異世界に残して……。それならそれでも構わないから、俺がこの乙女ゲームの世界に転移してしまったことを、せめて美梨に伝えて欲しい。美梨が信じてくれなかったとしても……。美梨がプレイすることで現世に戻るきっかけが掴めるかもしれないから。)
レイモンドは抱きしめているユートピアやメイサを愛しながらも、現世に残した家族のことを一日たりとも忘れたことはなかった。
修は本物のレイモンドの体を借りているに過ぎない。といってもここは仮想世界。
「レイモンド……。もしかしてミリのことを考えているの? あなたはレイモンドなのよ」
「メイサ、この世界では私はメイサの夫でありトーマスやユートピアの父親だ」
「レイモンド……」
レイモンドはユートピアを抱き上げ、メイサの手を優しく繋ぐ。この世界の家族を壊してしまったら、現世の家族も壊れてしまうということを知っているからだ。
(この世界と現世の時系列は同じはずだ。美波の原作が乙女ゲームとして起用されているのなら、昂幸も三田ホールディングスの後継者として、美梨からうばわれているはず。だとしたらどれだけ美梨が心細いか……。なんとしても王宮からトーマスを取り戻さなければならない。それが昂幸を取り戻すことになるはずだから。)
一階に降りみんなで食事をする。夕食のあとユートピアと入浴をすませたレイモンドは、エルザとコーディにコーデリアを寝かせつけたあとユートピアも寝かせつけてくれるように頼んだ。
そして、ローザに国王陛下からメイサに告げられたことを、包み隠さず話した。
「トーマス王太子とピンクダイヤモンド公爵令嬢のご縁談でございますか。パープル王国の公爵家の中でも名門でございますね。王室にとってもトーマス王太子殿下にとっても、この上ない良縁です。メイサ妃とご主人様はどうされたいのですか?」
ローザは鋭い眼差しをメイサとレイモンドに向けた。ローザのことだ『トーマスを誘拐しろ』と言えば、本当にやりかねない。
メイサの本音は誘拐してでも我が子を取り戻したいが、トーマスはもう十六歳の少年だ。そんなことを望んでないことをわかった上で、ローザはメイサを窘めるつもりで話しているに過ぎない。
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